民法

2009年10月27日 (火)

注目の新刊

名著「捜査法」の平良木登規男先生の「刑事訴訟法Ⅰ」が成文堂のHPによると発売中とのこと。いや~、全然知らなかったです。でも、書店ではまだ見かけませんし、アマゾンにはないし。セブンアンドワイと紀伊国屋は在庫なしで注文に時間がかかるとのこと。捜査法を上回る書物になっていると良いのですが。

2つめ。和田吉弘先生の「民事訴訟法から考える要件事実」(商事法務)。今日発売とのことで、これもうかつでした。知りませんでした。手に入れたいですネ。和田先生の本は定評がありますからネ。

民法改正研究会(加藤雅信先生代表)の「民法改正 国民・法曹・学会有志案 仮案の提示」(日本評論社)も楽しみです。

あと、前田庸先生の会社法も第12版が出るとのうわさもあるそうで。本当だとしたら、買いです。

2009年10月16日 (金)

夫婦別姓 再論

わたくしは、以前の記事にも書きましたとおり、夫婦別姓に賛成です。

http://last-rock.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-158e.html

http://last-rock.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-c407.html

夫婦別姓を実践しています。今日でちょうど丸9年。

理由は、①反対派の意見が説得的でないこと(別姓だと家族の一体性が損なわれるという、その因果関係の立証に成功していない)、②お互いのアイデンティティを守ることができること、③別姓を韓国のように強制するものではないので、姓を変えたいひとの自由も守ることができること(ちなみに、諸外国は選択的別姓をとるところが多いです)、が主たる理由です。

女性の社会進出を妨げる要因になっているとも言われますし(反対派はこれを嫌がるようですネ)、対等な夫婦関係であるべきというところからも、夫婦別姓は評価できます。

昨日のズームイン・スーパーで夫婦別姓を取り上げていましたが、浅かったな~、取り上げ方が。「姓名判断はどうなる?」とかやっていましたけれど、ガックシです。反対する人の意見も取り上げていましたが、男性は自分が姓を変えることは考えていませんでしたもん。民法の規定が、夫婦の話し合いによってどちらかの姓を名乗りなさい、となっていることは、男女平等になっているじゃないかと言いますが、96%ですよ。男性の姓に変えてるのが。「それが夢」という人はそうすればよいし、姓を変えたくないという人がいれば変えなくても良い、という制度の方が、自由度が大きくて良いと思うんですけれどネ。

民法の内田貴先生は反対派でしたが、大村先生や吉田先生、二宮先生は別姓に賛成です。

夫婦別姓が民法上の制度になっていないために、現在、事実婚をするカップルは多いと思うのですが、法律上だけでなく、事実上も不利なことが多い。

住宅ローンを組む場合に本当に感じましたネ。夫婦で共同で借りる場合だと、住宅ローン減税の特典を2人で受けることができるので、2人で組もうとしたら、別姓はダメ、という銀行が多いのです。そんな銀行・金融機関から借りてやるか!

また、単独で借りる場合でも、登記の持分を半々にしたくても、それさえダメという(返済不能の場合に不動産を差し押さえるが、その際、夫婦でないと厄介なことになるので、ダメなんだそうな。これが銀行の言い分)。物上保証でいいじゃんって思うんですがネ。まあ、銀行もいろんなトラブルに巻き込まれているんでしょうネ。

生命保険の受取人を事実婚のパートナーにするのも、ひと悶着ありましたからネ。3年一緒に住んでいないとダメとか。

まあ、自分の選んだ道なので、うまくやっていけるように法律を駆使していますが、やはり夫婦別姓を1日も早く制度として認めてほしい。それぐらい、ゆとりのある社会に日本はなってほしいと思います。

ブログネタ: あなたは“夫婦別姓”に賛成? 反対?参加数

2009年10月13日 (火)

家族の個人主義化について

家族法に対するわたくしの考え方は、二宮周平先生の本とほぼ同様です。

 家族法

 家族の形態の多様化(若い世代の独身率の向上、同棲・事実婚の増加、婚外子の出生率の増加、共稼ぎ夫婦の増加、性別役割分業の見直し、離婚・再婚の増加など)、行動形式の多様化に伴い、標準的な家族像が消失している。家族機能の人格化、個人の尊厳の重視、ライフスタイルに中立的な制度構築(個人単位化)は、家族の個人主義化と捉えることができる。家族を夫・妻・子などから構成される団体としてではなく、夫対妻、親対子、親族相語という個人と個人の関係として捉えることと結びついている。これは、家族を個人の幸福追求の場、自己実現を支援する場として捉え直すことを意味する。

 こうした家族の個人主義化に対しては、個人主義=利己主義として認識されがちなため、批判も多い。

 しかし、家族の個人主義化は、利己主義を意味するものではない。個人主義とは、生活の上で遭遇するさまざまな出来事について、他から決定されたり、指示されたりするのではなく、自分で選択していくことである。そのためには、自分で考え、決定できる能力が不可欠である。それは討議し、判断し、選択し、交渉し、取りうる行為のさまざまなコースに従うという能力のことであり、民主的な政治世界につながっている。こうした交渉過程では、相手方と対等な関係が築かれていなくてはならないから、他人への配慮を必然的に伴うものである(以上、10頁以下、とくに13-14頁)。

 「個人主義」という言葉を使うと、すぐに「利己主義」「エゴ」と同義に捉える人が多い。これは、憲法13条の「個人主義」と同じ文脈で捉えられるべきものである。とすれば、自己決定権を重視し、かつ、多様な価値観を認め、個人のライフスタイルの選択に中立的な立場である二宮説を支持したい。

 このような基本的な立場からすれば、選択的夫婦別氏制度、すなわち、別氏を望む人には別氏に、同氏を望む人には同氏という、選択の自由を広げる制度は、当然、支持される(12-13頁)。

 夫婦別姓(氏)が、なぜ「家族の崩壊を招く」「家族の一体感が損なわれる」「離婚が増える」ことにつながるのだろう。このような反対派の思惑について、二宮先生は、「選択制を通じて多様な家族観が肯定されることをおそれ、また夫婦別氏の主張に、女性の権利主張を感じ取っているから」と指摘する。

 また、こうも指摘する。「性別役割分業型の家族を標準的家族像とし、『女は家庭』『主人としての夫に従うのは当然』として、家庭機能の維持を女性に押しつけることができなくなるからである」(13頁)。

2009年9月27日 (日)

夫婦別姓 導入へ?

芝刈りをしてからちょうど1週間。早いかな~と思いつつも、芝刈りを軽くやってしまいました。もう、1週間に1度のペースでの芝刈りはしなくてよいでしょう。次は1ヶ月後の10月下旬の予定。水やりもいまは毎日やっていますが、10月に入ったら頻度を落としたいと思います。芝生の手入れについては、「芝ふのお手入れ」というページを参考にしています。

さて、YAHOOニュースで、「政府が夫婦別姓導入へ」という記事が出ていました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090927-00000001-yom-pol

これは是非、実現して欲しいです。

別姓の批判として、「家族の一体性が損なわれる」と言われるのですが(同記事中にも自民党の意見として載っています)、姓が一緒だって家族の一体性を損なっている家族はたくさんありますよネ。この意見は説得的ではないと思います。

多元的な価値観の下、自己のアイデンティティとして結婚後もその姓を名乗りたいと思う人がいて、そういう価値観を持つ人たちを容認できる、そういう社会で良いじゃないですかネ。

「夫婦別姓は女性の自立が目的」・・・そういう問題ではないと思います。仕事上、旧姓を名乗り続けたい、夫婦別姓を求める理由はそれだけではありません。

ということで、債権法の改正よりも先に実現してほしいと思います。

ちなみに、うちは夫婦別姓(現在は事実婚となりますか)にして10年目です。家族の一体性は損なわれていません。

2009年9月26日 (土)

滝沢聿代「物権変動の理論2」有斐閣

有斐閣のHPに10月下旬発売と出ていますネ。

「物権変動の理論」は、はじめて購入した論文集です。大学の卒業論文で物権変動をやりました。そのときは、176条と177条の関係について論じたのですが、法定制度説を支持した記憶があります。論文を書く際にゼミの先生から借用していたのですが、本当に多用したので、いっそのこと買ってしまおうということで購入。

懐かしく思いました。たしか、わたくしが卒業論文を書いていたときには、星野先生のお弟子さんで、成城大学の教授だったように記憶しています。いまは法政にいらっしゃるのですネ。

物権変動のところは、あと鈴木禄弥先生の論文が説得的だったように覚えています。

あ、最近、購入したのは以下の2冊。

法学教室 2009年 10月号 [雑誌]

法学教室は、どこへ向かおうとしているんでしょうか。法学部の学生なのか、ロー・スクールの学生が対象なのか。中途半端になっているような気がします。なんて、生意気な感想。

広告に、近江先生の「民法講義Ⅶ 親族・相続」近刊と出ていました。ついに完結ですネ。親族と相続を分けるかと思っていたのですが、1冊にまとめちゃうんですネ。

 債権法の新時代ー「債権法改正の基本方針」

債権法改正の動きがあり、何か読まなくてはと思っていたのですが、お手軽なものを内田先生が書いてくれたので購入。これからじっくりと読みたいと思います。

2009年9月12日 (土)

生活のための制度を創る 第1章まとめ

序章の続き。感想は、後日、書きたいと思いますが・・・。

1章 子育てを考える

 Ⅰ 児童虐待防止から

  Ⅰ-1 問題の所在

    1-1 児童虐待とは何か

         児童虐待:親が子どもをいじめること。

         虐待:残酷に扱って苦しませること。

           :相手を冷ややかに扱うこと。

         児童虐待→2003年死亡事件42人。

        児童虐待防止法2条→親による虐待を防止

         主体;保護者

         行為;①身体的な虐待、②性的虐待、③ネグレクト、④心理的虐待

    1-2 虐待の現状

        ;実の母親によって幼い子に身体的虐待やネグレクトがなされることが多く、通報は、近隣知人・福祉事務所・学校などからなされることが多い。心理的虐待の割合が増えており、通報者として近隣知人が増えているのは、児童虐待に対する関心の高まりを反映したもの。

     (1)

       ① 身体的虐待 45

       ② 性的虐待 5

       ③ ネグレクト 35

       ④ 心理的虐待 15

     (2)通報相談(1位;福祉事務所15%、2位;近隣知人13%、3位;学校12%)

     (3)主たる虐待者→ 実母60%、実父25

     (4)虐待を受けている児童の年齢

       ① 3歳未満20%、小学校入学以前30

       ② 中学生以上15

    1-3 虐待の背景

     (1)児童虐待急増の背景

         親の特徴、子の特徴、家庭のストレスなどと並んで、子産み・子育て環境の激変がある。伝統的な3世代・4世代家族、拡大家族に問題が顕在化した場合、重層的に支援や援助が行われ、家族関係の病理による家族崩壊を予防した。だが、戦後の高度経済成長に伴う人口移動は、家族・家庭の小規模化を促した。同時に、親族関係・近隣関係の希薄化ないし崩壊をもたらし、インフォーマルな支援・援助関係が存在した。家族の状況として、社会的に孤立していること、多くの家族は、近隣との関係が悪い、子どもの通う保育園や小学校からの関わりを拒否する、関係機関のはたらきかけに応じないなど、社会的に孤立している。もっとも、子育て内容の国民の期待水準が向上し、児童虐待を認知する敷居が低くなっていることも考慮しなければならない。

         しかし、児童虐待対応施策の充実は重要かつ緊急の課題である。また個別事例的には、生命・人権上ゆゆしい問題に至ることも多く、一つ一つの事例に対する丁寧な対応が必要であり、事例によっては行政的・法的権限の行使による迅速な対応が必要になる。

         さきの「子育てに対する社会的な要求水準が上がっているという」指摘があったが、これが親たちに対する圧力になっており、虐待までにいかないまでも子育てに悩む人々が増えている。

    1-4 予防の方策とその限界

     (1)虐待予防の観点から・・・限界はある。

       ① 第1次予防(発生予防);子育て支援活動

例)虐待に関する知識の普及などの啓蒙活動や、子育てサークルの普及など

       ② 第2次予防(進行予防)

例)育児不安を抱える母親への支援や、学校・保育所等での早期発見等

       ③ 第3次予防(再発予防)

          例)施設での処遇や、治療活動による再発・悪化の防止

       <? 虐待が深刻化する理由 ?>

         第1の視点;虐待をする親には、自分が虐待をしていることを認めない心理が働いている

         第2の視点;虐待に対する子どもの反応や家族の反応が虐待をエスカレートさせるのではないか。

         第3の視点;虐待をする親とそのパートナーとの関係が上記2つの要因を助長している。

        ⇒ * 虐待のメカニズムを考慮した親のストレスにならないような支援活動の一層の充実が望まれる。

          * ある段階からは、援助ではなく介入によって、子供を虐待から救い出すことが必要。

    1-5 「親権の壁」?

     (1)親が虐待しているのに介入しにくいという意識が根強く存在

       → 親権の壁?日本では、親の権利・権力としての親権が強く意識されている。そこで親の義務性を明確化すべきだという考え方もあるが、国家の介入を無批判的に肯定しやすい傾向があるとの批判もある。

  Ⅰ-2 立法の対応

    2-1 出発点としての児童福祉法

     (1)1989年採択「児童の権利条約」(日本でも1994年に発効)

        1947年児童福祉法制定

         児童福祉法2条;国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う。

          → 児童相談所の設置を都道府県に義務付け

            障害児の支援

            放課後児童健全育成事業(学童保育)

            保育所

          ☆ 児童相談所長の児童虐待発見した際の通告(25条)

            一時保護(33条)、児童福祉士等による家族の在宅指導等の措置(26条)

            収容措置(2713号、28条=親の意思に反する場合には家裁の承認が必要)

         親権の喪失宣告(民法834条)←請求権者(親族、検察官、児童相談所長)

     (2)児童虐待防止法の制定(2000524日制定、1120日施行)

       背景 1999年;児童相談所に寄せられた相談件数が1万件を超す

       内容① 児童虐待の早期発見の努力義務

         ② 児童虐待のおそれがあるときの知事に立ち入り・調査質問権、警察の援助請求

         ③ 親権を制限する権限(面会・通信)を児童相談所長に与える

     (3)残された問題点

       ① 規定の実効性

          → 児童虐待相談件数 2002年には3万件に近づく

       ② 200447日「改正児童虐待防止法」

          通告義務 「児童虐待を受けた児童」→「児童虐待を受けたと思われる児童」変更

     (4)虐待の後で

       ① 改正児童虐待防止法の視点

         * 児童の保護

         * 自立の支援(保育所への入所・住所の確保など)

          ⇒ グループ・ホーム(地域小規模化施設)

             ;地域社会の中で家庭的な生活を通じて養育していこうという考え方

          ⇒ 里親制度 → 十分に機能していない

∵ 制度が十分に知られていない、子どもを慎重に選別する傾向、育児の負担が大きい、施設のバックアップが十分とはいえない

     (5)官民協働のネットワーク

       ① 改正児童虐待防止法

          ;「関係機関及び民間団体の間の連携の強化、民間団体の支援」などの体制の整備が求められている。

         背景;児童虐待の早期発見・予防、自立支援ともに行政だけでは限界

        例)子ども虐待を考える会、カリヨン子どもセンター

     (6)育児支援への試みへ

       * 少子化対策基本法21項、次世代育成支援対策推進法3

        ⇒ 保育サービスの充実、地域社会における子育て支援体制の整備

企業が行動計画を策定すべきこと、雇用環境の整備をはかるべきこと

           例)育児休業制度の改善、労働時間の短縮、在宅ワーク制度の導入など

       大村;子育て支援による出産を促進することの是非は別として、生まれてきた子供たちを育てるのに不安を抱き、苦労をしている人々が現に存在することは確かである。子育て支援が必要であるという認識は、広く国民に共有されている。

 Ⅱ 共同子育てへ

 Ⅱ-1 実例の紹介

 Ⅱ-1-1 「子育て広場0123吉祥寺」の試み

     (1)児童虐待の背景の1つ;子育てをする親たちが社会的に孤立していること

       ⇒ 「子育て広場0123吉祥寺」

;子育て中の親子が気軽に集い相談・交流できる場(集いの場・子育て広場)を設けようという活動。

        ;背景;市の行政の見直しの中で2歳以下の子どもたちに対するサービスがほとんどなにも されていないことが認識。

           → 私立幼稚園の跡地利用

              ;遊び場が少ない、こどもだけでなく母親も友だちや話し相手がいない、子育て関連の情報が欲しい、子育てに自信が持てない、子どもに嫌悪感を抱く、母親は共に疲れている、孤立無援の新疆など、乳幼児や母親の抱える問題を考慮に入れて、乳幼児とその親とを同時に視野に入れた施策・施設が必要である、との考え。

           4つの機能

            a)子どもたちが自由に気軽に遊べる場

            b)親どうしの交流・学習の場

            c)子育てについての様々な相談に応ずる場

            d)子育てに関する様々な情報提供の場

         ;5~6名の専門スタッフ、180組ほどの利用者

        → 2号館「武蔵野市立0123はらっぱ」(1日平均110組)

        ⇒ 市から「武蔵野子ども協会」に運営委託。活動内容の検討・助言については、発達・保育の専門家を委員とする企画委員会が置かれている

 Ⅱ-1-2 近隣自治体へ、NPOへ

     (1)三鷹市子ども家庭支援センターすくすく広場 19973月開設(1日平均170組利用)

     (2)横浜市菊名「おやこの広場びーのびーの」(20004月開設)

         ;利用者の利用料によって運営

        ★ 財源が苦しい(スタッフはボランティア)

        ☆ 他の子育て団体との連携も自由

        ☆ 運営も自分たちの裁量ですぐに変更可能

        ☆ 行政と民間をつなぐ役割も果たせる

        ★ ひろば開設には、責任が伴うし継続が必要。

 Ⅱ-1-3 保育園不足と規制緩和

     (1)子どもを預けたい親たちをサポートする試み

       * 保育園;親たちのニーズにこたえ切れていない

            ① 場所によっては保育園の数が不足

            ② 保育園に子どもを預けるのには様々な制約(子どもの年齢、親の側の問題、時間の問題、場所の問題)

            ③ 保育園の保育の質にバラツキ

         規制緩和;定員の弾力化、設置主体の制限撤廃、土地・建物の賃貸方式の許容、最低定員の引き下げ、公設民営方式の促進、設置基準の弾力化

     4 保育の場をつくる試み

     (1)自分たちで共同して保育の場を創ろうという動き

       ① 認証保育園制度・・・横浜保育室「保育室ネスト」;ワーキングコレクティブ

                     7割市が負担。

       ② 家庭保育園

       ③ 自主保育(東京、川崎に20のグループがある)

     5 保育の担い手を見出す試み

     (1)保育ママ;厚労省「家庭的保育事業」補助金制度(要件;保育士か看護師)

     (2)ファミリー・サポート・センター(市町村);仲介制度

     6 小学生たちは?

     (1)学童保育(12000か所);児童待機の数は少なくない

 Ⅱ-2 検討と考察

   2-1 共通の特徴

     (1)地域レベルでの創意工夫に根差すもの

     (2)サービス内容「育児サービス」だけでなく、ある種の共同(親と親のつながり)

       ⇒ 共同育児を機能させる条件であるとともに、共同育児における目標そのもの

     (3)様々な試みは、これをサポートするシステムを生み出しつつ普及していった

       * 成功例はモデルとして→自治体や国が着目→補助金

   2-2 いくつかの対比

     (1)共同子育ての担い手は多様;組織化の度合いにはかなり大きな差

     (2)サービス内容;育児サービスの提供・享受(消費者)

               共同性の創出・維持 どちらかを重視

     (3)育児支援の支援;物質・情報

同種または異種の試みをつなぐネットワークづくり(←人材の育成・供給)

   2-3 法的な問題点

     (1)子育てに固有の問題=生身の人間にかかわる

     (2)心理・教育・福祉の観点からのアプローチ

     (3)法的アプローチ(保育事故)⇒責任問題

   2-4 子どもを預かる者の責任→法的責任はかなり重い

     (1)責任の重さ→十分に認識されていない

     (2)保険による対処(保育をする側、子どもの側)

        承諾による対処

   2-5 評価と提案

     (1)被害者側が納得を得られるような事故対応システムの構築

       * 民法の大原則;不法行為、債務不履行・・・安全配慮義務

     (2)提案① 安全の確保につき、自己に十分な対策を講じ、子どもを預ける親の側にも注意・自覚を促す。

        提案② 事故が起きた場合に適切な対応を行うこと

        事前・事後のケア

     (3)まとめ

       ① どのような保育が行われ、どのような安全対策がなされているのかを事前に親に説明すること

       ② 事故が起きた場合に応急措置などができるような研修を行うこと

       ③ 事故が起きた場合の対応の手順を定め、十分な事後説明を行うこと

       ④ 保険を用いること

   2-6 実質上の公正さと手続上の透明さ

     (1)ルールを受け入れさせるために

       ① ルールの存在に関する条件

        ア)ルールの制定が正当な手順を踏んで行われているか

        イ)制定されたルールがその適用を受ける人々にきちんと知られているか

        ウ)ルールを自分たちで定めた場合

         ;最低限の同意を得られるような工夫

       ② ルールの内容に関する条件

        ア)実質的に見て公平・妥当なものであるか

        イ)ルールがどのように適用されるのかが明確に定められているか

2009年9月 8日 (火)

生活のための制度を創る。

序章のまとめを以前に書きましたが、その後、書いていませんでした。ちゃんと通勤のバスの中で読んでいます。第1章は最後に読もうと思って、第2章、第4章という順番で読んでいます。まとめはまた近いうちに。

仕事の休憩中に読んでいるのが、これ。

市民のための地方自治入門新訂版

大村先生の「生活のための制度を創る」から刺激を受けたこともありますが、地方自治をめぐる現状について知っておこうと思いまして、現在、読んでいます。

ところどころ光る記述・参考になる記述もあるのですが、なんか読み終わってしっくりこないところが多い。結論が曖昧だと感じる部分が多いんです。そして誤字も気になるな~。住民自身→住民自信になっていたり、助詞の「が」が「ガ」となっていたり。そのほかにも目立ちます・・・。

オススメ度は・・・☆2つかな。地方自治系の本を買おうと思ったときに、迷ったんですよネ、書店で。3,4冊の中からどれを買おうかと・・・。何か良い本は無いかな~。

2009年8月20日 (木)

自分用メモ 大村敦志「生活のための制度を創る シビル・ロー・エンジニアリングに向けて」有斐閣

平井先生の「法政策学」から、このような分野に興味を持っています。だいぶ前に大村先生の本は買っていたのですが、軽く流し読み程度だったので、ちょっともう一度しっかり読もうと思い、以下、自分用のメモとして、まとめてみます。阿部先生も政策法学で頑張っていますが、大村先生のような見方もあるんですネ(316頁)。具体例に即し、「法戦略」の様々な視点には学ぶべきものがあるが、政策立案者を主たる名宛人としている点では、大橋先生よりもやや狭い感じがする、とのこと。たしかに、そういわれるとそうですネ。

では、以下から、個人的なまとめ。

序章 仕組みづくりは暮らしづくり

 制度とは何か(what)。どのような制度を(which)、何のために(why)、創ろうというのか。「生活のため」の制度とは具体的にはどのようなものなのか。なぜそれが求められているのか。また、「制度を創る」にはどうすればよいのか(how)。緊急の問題に対応するのか・よりよい制度を創るのか、法律によるのか・契約などによるのか(20頁)。

制度
 :私たちの行動の拠り所となるルールや仕組み(6頁)。制度の根幹には、法律によるルール・仕組みが存在することが少なくない。
 制度には、程度の差はあれ何かをするという要素が含まれ、人々の自由の行使・実現を助けるものを指し、ソフト中心の公共財であるということができる(9頁)。
 制度には、マイナスを除く「消極的な制度」と、プラスを与える「積極的な制度」とがあるが、制度の違いは相対的・連続的である。しかし、それでも、現代の日本社会において、人々が、「少なくともここまでは」と考えるもの(消極的な制度)と「こんなことができたらいい」と考えるもの(積極的な制度)を区別することは可能であり、かつ有益である。国民的なコンセンサスが得られやすく、法律による対処が相対的に容易なのは前者であり、後者はコンセンサスの形成に向けた様々な試みが必要であり、それらのあり方が異なるからである(10-11頁)。
 法律の支援を受けて「制度」が創られ、さらには生活の現場で生きる人々(生活者=支援)が、自分たちの手で「制度」を産み出そうとしている。こうした制度に注目(13頁)。

制度
 法律主導型(トップダウン型・全国レベルの大きな制度)
  ⇒ 法律・条例の助けが不可欠 → 強い制度・堅い制度

 現場創設型(ボトムアップ型・地域レベルの小さな制度)
  ⇒ 既存の法制度を利用・必要に応じた手直しも容易
   → 弱い制度(人々の参加によって支えられる)・柔らかな制度(人々の創意によって発展・進化)

4つのテーマ  育児・住居・環境・地域
 分類軸① 「人と人との関係(=社交)」にかかわる問題か、「物」との関係を含む問題か
 分類軸② 閉鎖的・固定的な関係にかかわるか、開放的・流動的な関係にかかわるか

社交;人と人との関係を広く指すとともに、家族でも市場でもない中間領域(公共の場)を指している。このような中間領域の拡張に注目し、そこでの人々のあり方に関心を寄せている。

2009年7月10日 (金)

民法総則

民法総則で大学時代に最初に使ったのはSシリーズでした。民法はすべてSシリーズが指定されていました。

しかし、内容的に物足りなく感じたので・・・

次に読んだのが四宮和夫「民法総則(第4版)」弘文堂。いまは能見先生による改訂が施されており、賛否両論ですが・・・。

四宮・総則を選んで良かったと思います。ここに、わたくしの基礎があるのかな~。我妻・民法講義も辞書のように使っていました。学説の分類については、近江先生が分かりやすいのですが、四宮先生の本の影響が大きく、四宮先生の本のすごさが逆に分かりました。論文集も買っちゃいましたから(請求権競合)。

星野先生の民法総論の部分も面白く読んだな~。具体的なケースについて知りたい場合には鈴木先生。

四宮先生の本では、法人と時効が難しく感じるのではないでしょうか。時効は能見先生が改訂されて分かりやすくなったと思います。法人制度の改正があってから改訂がないのが残念です。大幅な書き換えになるので、もしかしたら改訂はもうないのかな・・・。そしたら残念ですネ。

「取消しと登記」のところが分かりやすくて、物権変動のところに興味をもつようになり、のちに、卒論のテーマにも物権変動を選ぶことになります。

いまは、内田先生、大村先生、潮見先生、山本先生、佐久間先生など、総則は、本が揃っていますネ。川井先生もシリーズの中で総則は出来が良いと思います。いま、総則で使用している一番のメインは川井先生。大村先生の読解は、あまり話題にはなりませんネ~。

石田穣先生も持っています。いま思えば、幾代先生も買っておけばよかったな~。

川島先生も、平井先生がお手伝いされたということで持っています。川島先生の本は、「民法総則」と、「ある法学者の軌跡」、「所有権法の理論」、「日本人の法意識」。大学時代に読んでからは、あまり読み返していないな~。

あと、松坂先生。これは四宮先生を読み込んだ後だったので、さらっと読めました。松坂先生の本は、段落分けがあまり細かくないので読みにくいのですが、内容はとてもハイレベル!我妻先生から星野先生の説までを消化した上でまとめられているので。物権~家族法までは、大学時代、メインに使用していました。あ、債権総論は平井先生でしたが・・・。

と、あくまでも個人的な感想です。

2009年6月25日 (木)

ジュリスト1380号 2009・6・15

特集が「加藤一郎先生の人と業績」ということで購入。

 ジュリスト 2009年6月15日号

加藤一郎先生は
2008年11月11日に
逝去されました。

その際の、
本ブログの記事が、
こちら。

http://last-rock.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/20081226-bc5c.html

内容は、「座談会 加藤一郎先生の人と業績」(森島昭夫先生が司会。淡路剛久先生、畔柳達雄弁護士、寺田逸郎さいたま地方裁判所長、宮原守男弁護士の計5名)
星野英一東京大学名誉教授「加藤一郎先生の思い出」
加藤雅信上智大学教授「弟子から見た加藤一郎先生」
水野紀子東北大学教授「末弟子から見た加藤一郎先生」
大塚直早稲田大学教授「加藤一郎先生の不法行為理論と実践」
小粥太郎東北大学教授「加藤一郎先生の民法解釈方法論―『民法ノート』風」

です。

座談会では、
はじめに
Ⅰ 加藤先生の民法学
Ⅱ 公害・環境法
Ⅲ 自動車事故・被害者救済制度
Ⅳ 医療法・医療と人権
Ⅴ 法制審議会民法部会
おわりに

という内容です。

 星野先生との利益衡(考)量論との違いが、星野先生が価値絶対主義に立つ利益考量論、加藤先生が価値相対主義に立つ利益衡量論だというところのくだり。「現実の社会では、唯一の正しい価値があるということではなく、いろいろな立場の人があり、多様な価値があって、法あるいは法解釈というのはそういう多様な価値の中から、ある時代の社会関係の中でもっとも多くの人に利益をもたらす(もっとも少ない人に損失を与える)ある価値を選択し、その選択を合理化するための社会的手段だ」、というのが(加藤)先生のお考え(11頁)。「法律の概念が先にあって、いわば上から下に三段論法的に、大前提としての法規を小前提としての具体的事実に適用すれば論理的に結論が出てくるということではなくて」(環境権の議論について、このような傾向を危惧された、というお話もありました)、「問題となっている事実を前提にして、現実の利害関係を分析し、それを比較衡量してどのようにトレイドオフするのが社会的にオプティマルな(最適・妥当な)解決かを選択して、法規はむしろその選択の結論をどのように理由づけるかという考え方でやってこられたように思います」(11頁、以上、森嶋先生のご発言)。

 そのほか、①法律学全集の「農業法」が法律学全集の最後に出版された経緯(12頁、淡路先生のご発言)、②民法解釈の問題へのアプローチとして、その議論の実益は何かを考え、それを提示しながら展開するというアプローチ(13頁、森嶋先生のご発言。鈴木禄弥先生もよく実益の観点を民法解釈の実践において使われているという指摘もされています)、③不法行為における416条類推適用の可否について、適用説(法律学全集『不法行為』)から平井理論を取り入れたこと(『新版・判例演習民法Ⅳ』)、④リステイトメント研究会、⑤環境権についての議論、⑥基地騒音の調査の際に泊まった旅館での火事のエピソード、⑦家庭用自動車約款・交通事故紛争処理センターの設立・JA共済との関係、⑧生命倫理懇談会、⑨相続法改正(31頁)、⑩夫婦別姓の話など、本当に興味深い話ばかりでした。

 とくに、印象に残ったのは、寺田逸郎さいたま地方裁判所長の「加藤先生から見ると、私はご自身の学生よりさらに若い、全くの若造だったわけですが、加藤先生は本当に骨の髄まで民法学者だと感じさせられました。それは、私だけではなくて、私どものスタッフの若い局付に至るまで、全く対等に、1人の人格としていつも対応していただいたからです。民法の先生はそうなのですが、加藤先生は特にそういう方で、私どもは感動しつつ仕事に当たったことを、いつまでもよく覚えています」(33頁)、という発言です。

小粥太郎東北大教授の「加藤一郎先生の民法解釈方法論―『民法ノート』風」では、問題解決手法としての利益衡量論を分かりやすく説かれています。民法ノートも絶版なんですよネ・・・。

また、大塚直早稲田大学教授の「加藤一郎先生の不法行為理論と実践」も加藤説の変遷といいますか、現在における加藤説の位置を示していて、興味深かったです。平井先生の批判を受けて、因果関係のところでは理解を示されているところなどは、懐が深いなーと思いました。

加藤雅信先生の「弟子から見た加藤一郎先生」での、雅信先生が研究者の道に入られる時のエピソード、水野紀子先生の「末弟子から見た加藤一郎先生」でも、女性の弟子を取らないと公言する教授がいた中で、水野先生が研究者の道を歩むべきかの相談をした際のエピソードも興味深かったです。水野先生へのお言葉は、水野先生にとって心強かったと思います。「僕もできるだけのことはするから」。

加藤一郎先生のお人柄がよく分かる内容でした。このような先生にご指導いただけるというのは、素晴らしいことですネ。民法学者の前に、1人の人間として素晴らしい方であるなー、と。

2009年6月 8日 (月)

民法判例百選Ⅰ(第6版)100事件=所有権留保売主の地位(千葉恵美子教授)

先日、民法判例百選Ⅰ(第6版)を購入しました。後ろの事件から読んでみよう!ということで、100事件目から。

名古屋大の千葉教授(アルマの物権法を共著ですが執筆していますネ)の解説です。最判昭50・2・28民集29巻2号193頁の、自動車のディーラー・サブディーラーのあの事件です。

「問題の所在」で所有権留保の債権担保機能を説明したあとに、本件事例のような、即時取得のない登録済み自動車の、ディーラーX(登録)に所有権が留保されたサブディーラーAと転買人Yとの間の転売買契約において、全額を支払ったYを保護できないのか、という問題を分かりやすく解説しています。

判例は「権利濫用」法理によって転買人Yを保護したが、その権利濫用と言えるための事情をいくつかの判例から分析しています。すなわち、①XがAによる転売を容認していたこと、②YによってAへ代金が完済されYに自動車が引き渡されていたこと、③YがXA間の所有権留保特約を知らず、知るべきであったという特段の事情もないこと、以上の事実が、判例上は、権利濫用を肯定する際に重要視されていると分析しています。しかし、③については、学説は批判的であるとしています(その理由は、百選を読んでくださいネ)。

一番の問題は、その先でしょうか。

権利濫用を根拠にXの目的物引渡請求を認めない本判例の構成からすると、自動車の所有権はXにあることになり、Yは本件自動車を利用できても、Xに対して所有者登録名義の移転を求めることはできないことになります。そこで、一般条項(権利濫用)によらずに、問題の解決をはかれないかが問題になります。

学説は、①転売授権説(安永、内田説)、②当然消滅説(米倉説・近江Ⅲ327頁)、③即時取得説(道垣内説)の3説を紹介します。ちなみに内田先生の教科書では、①転売授権説を多数説として紹介し、支持されています(内田Ⅲ553頁)。川井先生の教科書にはこの論点は載っていません(載っていませんが、良い本です!内田先生の教科書との併用が一番良いでしょう!と勝手に個人的に思っています)。

しかし、千葉先生は上記3説を批判し、333条類推説を採用しています。留保所有権の追及効が制限されるという説です。これは原文を当たってください。

2009年6月 3日 (水)

民法判例百選Ⅰ総則・物件〔第6版〕購入。

民法判例百選1 総則物権 第6版 (別冊ジュリスト No.195)

購入しました。

若い先生方の執筆が増えていますネ。

あと、紙質のせいだと思いますが、薄いな~。

1日に2つずつくらいのペースで読めればなーと思っております。

2009年4月 2日 (木)

ついにゲット!大村敦志「民法読解 総則編」有斐閣

ついにゲットしました!

民法読解 総則編 民法読解 総則編

著者:大村 敦志
販売元:有斐閣
Amazon.co.jpで詳細を確認する

わたくしの住む街の本屋には全然ないということは、以前の記事にも書きました。仕方なく、ネットで購入。注文した2日後にはゲットしました。

カバーは格好いいですネ。ただ、指紋がつきやすい・・・。そこで、カバーを外すと・・・第1印象は学校の「出席簿」・・・。

まあ、そんなことは関係ないですネ。中身です中身。

「略目次」を見ると、「え、コンメンタールなの?」

「序言」を読むと、島田修二「昭和の短歌を読む」による、吉野昌夫の「いのちながらへて還るうつつは想はねど民法総則といふを求めぬ」という歌の注釈から始まります。そして、「民法全体の『エッセンス essence としての民法総則」を講ずる、というのが、検討の対象に関する本書の基本的姿勢である」と宣言。

「星野英一は、その著書『民法概論Ⅰ』(良書普及会、1971)の『はしがき』において、『教科書を読むことを中心とし』た学習方法をしりぞけ、その代わりに、まずは『関係条文を熟読』すべきことを強調している。ここで注意すべきは、星野は、1条ずつを切り離して条文を読むのではなく、『民法の章ごとにまとめてゆっくり読んでみる』ことを勧めているということである。そこには、民法の各条文がばらばらに存在するのではなく、テクストとして一体を構成していることが示唆されているといってよい」。「フランスのある法律家は言っている。『法典 code」と呼ばれる法律には、内的一貫性が備わっており、それゆえそれは通読に耐えるのだと」。「以上のような意味で『民法総則のレクチャー Lecture』を試みるというのが、検討の方法に関する本書の姿勢である」。

「私自身が読解を試み(民法典について立ち入った検討をしようとする場合には、起草過程に即して条文を読み解く訓練が必要になる、とされ、前田達明ほか『史料・債権総則」(民商法雑誌)から大きな影響を受けたそうです)、それを観察するところから教訓を引き出してもらおうというのが、本書における検討の目的である」。

「本書は条文順の検討を基本とする。しかし、・・・逐条解説を行うものではなく、条文をいくつかのまとまりに分けて話を進める。そして、各章の終節において、その小の表題とからめる形で、個々の条文からはもれ落ちる問題に言及し、全体の最後におかれた結章では、『総則』の編成について検討する。
 本書では現行法の規定のみではなく、今日に至るまでに削除された規定や修正された規定も扱われる」。

大村先生が、常に座右に置いたものは、次の通りだそうです。

第1期(~1905) 梅(要義巻之一 1896) 富井(1903)

第2期(~1935) 鳩山(1911) 我妻(旧版)1933

第3期(~1965) 川島(1965) 我妻(1965)

第4期(~1995) 星野(1971) 米倉(1984) 鈴木(1984) 北川(1993)

第5期(1996~) 内田(1996) 四宮=能見(1999) 山本(2001) 加藤(2002)

あわせて3種の注釈書(新旧の注釈民法、民法注解財産法)、梅「民法総則(法政大学)」、川島「民法Ⅰ」、広中「新版民法綱要第1巻総論」、さらに江木・中島・於保・幾代・石田喜久夫・石田穣・須永・川井・椿・辻・佐久間・潮見・河上なども随時参照したそうです。

「目的はあくまでも『私の読み方』を示すこと」。

大村先生の熱意が伝わってきます。昨日の午前10時頃に届いたのですが、午後から仕事だったため、まだ少ししか読めていません。しかし、物語のように読めます。星野先生や平井先生のように、起草過程・比較法から論じられるスタイルに慣れているからでしょうか。そういえば、最近の民法の本は、起草過程から論じるものが、一時期に比べて、減ったような気がします。

1条1項の「私権は、公共の福祉に適合しなければならない」から始まって行きます。「権利」ではなく、なぜ「私権」となったのか、通常の基本書には書いていないことから、読み解いてゆきます。「民法読解」と名付けたことについて、最初から納得させられるのです。

学問的好奇心をくすぐる書物です。各種試験の基本書とするのはどうなんでしょうネ~。読み終わったあとに評価できれば、と思います。

2009年3月22日 (日)

期待大?法律書の新刊。

結構、いろんなページで、新刊を教えてくれるので役に立っています。

そんななか、3月22日現在で、まだあまり知られていないであろう、新刊で期待大はこちら。

1.近藤光生「最新株式会社法(第5版)」中央経済社3,990円480頁 3月発売
 
 平成21年改正会社法施行規則・会社計算規則をフォローする。
 事業再編の記述が充実。 
 

 ソースはbk1。会社法の本の中ではかなりの良書だと思います。
 
2.これは期待してよいか?
 
 池田真朗「新標準講義 民法債権総論」慶応義塾大学出版会 2,625円
  256頁 4月10日発売
 
 法科大学院時代の新たな標準テキスト
▼2006年まで司法試験考査委員を務めた著者による単著の本格的な民法、債権総論分野の教科書。「紛争解決手段としての法」を説く法科大学院時代の法学部教育に新たな「標準」を提示する。
▼「紛争解決の手段としての法」というものをいかに学び、その知識をいかに「実際に活用可能なもの」とするかに焦点を当て詳述する。
▼民法判例の読み方、判例学習の仕方など、1章分の「学習ガイダンス」を収録。学ぶための学習のノウハウも満載し、学生の利用には勿論、一般の方の独習にも好適。
▼学説の羅列はあえて行わず、「使いこなせる民法」を理解するためのこれからの新・定番教科書。
 
 予告:2009年秋 発売予定!
 『新標準講義 民法債権各論』 池田真朗(慶應義塾大学法学部・同法務研究科教授)著
 
  債権総論に引き続き、債権各論のテキストの発売をこの秋に予定。
  民法債権編については、現在著者も委員を務める「民法(債権法)改正検討委員会」において改正論議もなされており、総論とともに、新たな時代にふさわしい新標準となる債権法テキストの新定番。
 
ソースはbk1と出版社のHP。

池田真朗先生もついに出しますか~。そして予想通り債権から。各論も書かれるということで、期待しちゃいますよ~。でも、初学者向けなのかな?学説の羅列を行わないというのは・・・?学部教育向けと書いてありますし・・・。

そのほかにも、テキストブック刑法総論なども興味はありますが・・・。

2009年2月27日 (金)

「NOMIKA債権総論」について

2007年11月刊行の、渡辺達徳・野澤正充「NOMIKA 債権総論」(弘文堂)の訂正が3月1日付で、弘文堂のHPにUPされています。

わたくしの住む街の書店にはなかったので、注文して1月に購入しました。中には、2008年3月作成の訂正一覧が入っていました。なので、その1年後にまた訂正が入ったことになります。2008年の訂正一覧に、さらに訂正が加わっていますネ・・・。

今回の訂正一覧には、わたくしが2009年1月22日の記事で指摘した誤植・誤りのすべてが、その他の誤植・誤りとともに出ていますネ。

とくに連帯債務の一部免除による判例理論の説明を間違えていると指摘したところについては、「記述を改める」となっていました。まあ、マイナーな論点なんでしょうけれども。

わたくしの理解に間違いはなくて、良かったです。

関係者の方がこのブログを見てくれたのでしょうか。な~んて。野澤先生のお名前で検索されてこのブログに来る方が結構いらっしゃるので・・・。そうであればうれしいのですが・・・。

1月22日の記事を書く前に、ネットで検索をかけて上記の誤りを指摘したページを探したのですが、見つからなかったので、最初の指摘かな~なんて。

債権総論といえば、近江先生が補訂版を出されましたが、小冊子を第3版に付けていたんですネ。第3版は持っているけれど、わたくしはその小冊子を持っていない・・・成文堂のHPにUPしてくれればいいのにな~。今後は、そういうサービスを競ってほしいですネ。

2009年2月20日 (金)

平井宜雄「債権各論Ⅰ-上」41頁~60頁まで①。

誤植情報が弘文堂のホーム・ページに出ています。その誤植にもまだ「てにをは」の誤りがあると思われるのですが・・・。これは出版社の方のミスでしょうネ。誤植情報の内容自体は平井先生の指示なんでしょうけれども。

さて・・・。

「2 契約上の紛争と訴訟」では、契約行動の理論モデル(費用便益分析。経済的合理人のの仮定)から、契約上の紛争においては取引交渉における紛争解決をするほうが、不法行為におけるような訴訟による紛争解決よりも一般に安価であると考えられ、紛争当事者が訴訟を選択するのは、①訴訟を選択した方がより大きな便益を得られることが明らかであると計算したとき、②費用と便益とを一元的尺度で比較できず、したがって費用便益分析祖ものが困難であるとき、③費用便益分析ができるとしても、便益が大であるか否か不明であるときの3つの場合であろうとされる。そして、以上のような理論モデルに基づいて紛争が訴訟上の紛争に転化するか否かをあらかじめ計算し、それへの対処方法を契約上の権利義務の設計に織り込むことができるような能力を養成することも、今後の契約法学の重要な理論的な課題であるとされます(44頁)。

すごいな~、平井先生。法律家の養成という観点を、ずっともっていらっしゃる。

「3 和解―紛争解決のための契約」「(1)意義」和解とは、「当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約する」契約である(695条)。したがって和解が成立するには、
 ① 当事者間に「争い」すなわち権利義務関係の存否・範囲・態様につき相容れない主張の存在を要し、それがあるからこそ、
 ② 「互いに譲歩」すなわち互譲によって相容れない主張を一致させて、
 ③ 権利義務関係を確定させる合意を要することになり、
 ④ 和解契約締結後は、それによって確定されたものと異なる権利義務関係を主張できなくなるから、争いはおのずから「やめる」ことになる(ただし、現在の通説は①②の要件を要求していない)。

和解の機能は、法律上の紛争を解決するところにあり、この点において、主として経済的利益の獲得を目的とする他の典型契約とは、その機能において異質であることは明らかであり、和解の解釈にあたってはこの異質性に即して問題の解決に努めるべきであるとされます(44頁以下)。

和解は、有償・双務・諾成契約とされる(梅、我妻)。が、有償契約であるということについては、①和解を債権契約と考えるかあるいはそれを債権各則に入れるべきかにつき比較法的にみて疑問があること、②民法の解釈論としても「互譲」の要件を重視しないとすれば、有償性は失われると考えなければならないこと、③仮に有償契約と考えるにしても、その法技術的意味(売買の規定の準用ー559条)がどこにあるかは疑問であるとされます(45頁)。平井先生の解釈論だな~、と。実定法の解釈論が面白いな~と。また合意を実現する債務を双方が負うから双務契約だと解しても、この債務は合意と同時に履行されると解すべきであるから、同時履行の抗弁権や危険負担の観念を容れるべきかはこれまた大いに疑問である。解釈論としては、和解は、契約の一般理論(「契約自由の原則」)によって当然に生じる合意と考えるべきものであり、立法論としては、とくに典型契約としての規定をおくまでもなかったと考えるべきである(45頁)。元来、民法は、ローマ法やフランス法の沿革とは無縁であり(旧民法財産取得篇110条以下では、フランス民法にならった5箇条の規定を置いたが、民法起草段階では、そのうち3箇条が削除された)、かつ現在の通説も和解に関する規定に大きな意味を認めていないから、基本的には和解によって生じる権利義務関係は契約の一般理論(契約の解釈)で処理されれば足りると考えるべきである。立法論として和解の規定を存置するならば、和解の確定効の範囲または錯誤との関係についてのみ規定すれば足りると思われる(46頁)。平井先生の解釈論ですよネ。沿革・比較法からしっかりと論じられ、非常に説得的です。これを読むと、契約各論Ⅰ-下巻を早く読みたくなります。頑張ってほしいです!!

「(2)要件」。(ア)「互譲」および「争いが存在すること」(イ)「和解の対象となる事項についての権利義務関係が当事者の処分しうるものであること」。(ア)の要件は、フランスの通説に従ったものである(梅843頁)が、一方のみが譲歩したときや、権利義務関係に関する争いが存在しないときは、和解ではなく、したがって、696条の効果が生じないことになる。

しかし、このような場合には和解ではないと考えても、当事者間に何らかの合意が存在することはたしかであり、そうだとすれば契約の一般理論によって当事者間の権利義務関係が定まるから、その合意の解釈の結果、当該合意によって以後の権利義務関係を確定し、過去のそれを問わないとする趣旨のものであったと認められれば、それは当事者を拘束する。その結果、695条が適用されないと解したとしても、696条と全く同様の効果が生じることになる。そこで現在の通説は、(ア)の要件を厳格に要件と解することに反対し、和解とは、当事者間に一定の事項につき「たとえ真実に反しても、以後は、法律関係はこのようなものとして確定する」という合意が存在すれば足りる、と解する(48頁)。判例理論は、一般論としては、(ア)の要件(①互譲の存在、②争いの存在)に従っているように見える。

平井先生は、和解の意義につき諸説が生じたのは、和解の沿革のためであり、このような沿革と無縁な日本民法の解釈としては、通説を支持すべきとされます(49頁)。和解とは広く、「従前の法律関係がどうであろうとも、以後の法律関係をこれとこれと定める趣意の合意を意味する」と解すべきであり、そのような合意の存在を典型的に示すのは(ア)の要件(①および②)が存在する場合であるので、695条は、そのような典型的場合を規定したにすぎない、と解すべきである、とされています。

「(3)効果」。基本的効果として、和解の対象となった権利義務関係は、和解の内容どおりに確定する(確定効)。696条の規定は、確定効から導かれる当然の結果を注意的に規定したものと解すべきである(通説)、とされます。

この確定効の及ぶ範囲を決するのは、究極的には契約の解釈に帰着するが、この点についての、判例の準則および通説は、錯誤を主張して上記の確定効を覆すことができるか否か、という問題について形成されている。

2009年1月22日 (木)

渡辺達徳・野澤正充「弘文堂NOMIKA3 債権総論」

債権総論 (弘文堂NOMIKA3)

ネットでの評判がよかったので読んでみました。

仕事の行き帰りの電車の中で多数当事者の債権のところをとりあえずざっと。

誤字が多い・・・。わたくしが買ったのは、発売後1年経っていたので、誤植の訂正が入っていました。それを見て訂正を直してから読み始めたのですが・・・。

1.162頁下から3行目「づつ」→「ずつ」

 こんなの間違えるなよ!って思っちゃいます。前に記事に書いたことがありましたが、現在、正しいのは「ずつ」。175頁の9行目等には「ずつ」ってちゃんと使っているのに・・・。

2.170頁7行目「20万円」→「40万円」。

280万円-240万円=40万円でしょ。

3.175頁の図「連帯責務」→「連帯債務」

4.186頁判例の紹介(最大判昭40・6・30民集19巻4号1143頁)の13行目「売主の売主の債務不履行に基因して」→「売主の債務不履行に基因して」

5.193頁下から2行目「無視力」→「無資力」

目が見えないのかよ!って突っ込みたくなります。

どんなに良い本でも、こんなに誤植が多いと、読もうという気が失せてしまいます。もちろん、人間がやることだから、誤りがあるのは仕方がないことだけれど、混んでいる電車の中でさらっと読んでこんな簡単に見つかるのだから、校正作業をもっとちゃんとやってほしいですネ。出版社なのか弟子がやるのか分かりませんが・・・。

しかも、連帯債務の一部免除についての判例理論の説明を間違えています

NOMIKA169~170頁(説例=負担部分平等のABCによる300万円の連帯債務で、債権者がAに対して60万円の免除をした場合)
 「判例は、Aが全額の免除を受けた場合に比例した割合で、他の連帯債務者の債務を免れさせるとする(大判昭15・9・21民集19巻1701頁)。この考え方によれば、Aが300万円全額を免除された場合には100万円の限度で絶対的効力が生じる(437条)ため、60万円の一部免除のときも、同じ割合により、20万円の限度で絶対的効力を生じることになる。したがって、ABCの各負担部分は80万円となる」。

 えっ、ABCの各負担部分は80万円となる?

 一般的な説明だと、Aの債務は240万円で、BCの債務は300万ー20万で280万。Aの負担部分は100万円から20万円を引いて80万円となり、BCの負担部分は100万円のままだと思うのです・・・。

 近江188頁によれば、「判例は、全部免除を受けた場合に比例した割合で、他の連帯債務者の債務を減少させ、免除を受けた連帯債務者の負担額もそれだけ減少する、とする」。これをあてはめれば、100×60/300=20万円の限度で、他の連帯債務者BCの債務を減少させ(280万円。各自の負担額は、100万円)、免除を受けたAの負担額もそれだけ減少する(80万円)。川井190頁も同様の説明です。そのほか、北川206頁、奥田358~359頁参照。より詳しくは、潮見・プラクティス553頁。

 BCの負担部分は減らないと思うのです。判例(割合的縮減説)によれば。

 他の部分の説明でキラリと光るものがあるのに、このような間違いがあるとは・・・。それともわたくしの理解が間違っているのか?

 もったいないです。「セカンドステージ債権法(1)」の購入を検討していましたが、ちょっと購入するのは止めようかな~と思いました。

 わたくしの個人的意見では、債権総論の本でいま一番のオススメは、川井先生ですネ。潮見先生のプラクティスも第3版は参考書として使うべきでしょう。近江先生も結構、良いと思います。

2009年1月 5日 (月)

NOMIKA 債権各論Ⅰ 契約・事務管理・不当利得

債権各論I―契約・事務管理・不当利得 (弘文堂NOMIKAシリーズ4-1) (弘文堂NOMIKA)

昨年末に購入。NOMIKAシリーズは、債権総論以外、持っています。債権総論も近々入手予定。

物権、不法行為法は、良書だと思っていますが、債権各論ははたして・・・。

4ページで「目的意思」「手段意思」という聞きなれない言葉が。その正体が15頁。「神戸」説だそうで・・・。

そして「隔地者」の意味について、通説は時間的格差と捉えていますが、片山説は、内池説を採用(=媒体の有無)しています。すなわち、隔地者間でなされる意思表示は、媒体(手紙、電子メール、留守番電話のメッセージなど)に記録が残され将来了知する可能性がある意思表示と解釈すべきであるとしています(30頁)。

おなじところに、「隔地者間の意思表示の特徴は、相手方の意思表示の了知にまでタイムラグが生じうる点にある」と述べられているのですが、であれば、通説の解釈で問題ないと思いますが、いかがでしょう。媒体の有無で考える片山説は、申込の効力の存続期間にこの解釈がいきてきます(31頁)。しかし、それは時間的格差でも説明できると思います。

神戸・内池説ということで、「慶応・民法学」の伝統を生かす、ということでしょうか。

まだ途中ですが、楽しみながら読む本になってしまうかな・・・。

2009年1月 4日 (日)

民法改正研究会「日本民法改正試案」

法学教室649号に加藤雅信先生が「民法典の改正―この1年間の展望と今後の展望」と題する論文を書いています(4頁~5頁)。

民法改正研究会(全国の学者20名ほど)がまとめた「民法改正試案」(財産法は672条)には、

① 債権の消滅時効は、民事・商事・公法上の債権のいずれであるかを問わず、5年で統一、しかも年度末時効(時効の満了が3月末に統一)制度の導入。

② 永小作権廃止、農用地上権の一部に編入。

③ 地役権のほかに、人役権創設。

④ 法定利率に、変動利率制導入。

⑤ 不法行為による人身被害については、すべて過失の立証責任転換。

と、画期的な(加藤先生によると「革新的な提案」)提案が盛り込まれています。詳細は、判例タイムズ新年号に試案が載っているそうです(わたくしはまだ見ていません)。

民法改正研究会とは別に、セミオフィシャルな性格を有する「民法(債権法)検討委員会」も2009年3月には「改正の基本方針(改正試案)」を決定し、春のシンポジウムで公表されるそうです。審議内容については、下記ページで見ることができます。

http://www.shojihomu.or.jp/saikenhou/indexja.html

早くても、改正が現実化されるのは、2011年以降ではないでしょうか。口語化のときの改正でも、色々と学者先生の不満(近江先生、加賀山先生など)がありましたし、会社法の制定経緯についても不満の声はかなり聞こえているので、今回の改正については、より慎重に行われるでしょう。

2008年12月26日 (金)

2008.12.26朝日新聞夕刊 惜別の記事

12月26日の朝日新聞夕刊の惜別のコーナーに、加藤一郎先生の記事が出ていました。

加藤一郎先生といえば、「法律学全集 不法行為法」「法学教室選書 民法ノート上」ですよネ。いろいろ調べてみると、医療に関する著書も多いのですネ。「医療と人権」「ガンを告げる」「脳死と臓器移植と人権」などなど。

 OD版 不法行為 増補版

娘さんが、衆議院議員の小宮山洋子さん。

加藤先生は、東大紛争のときの東大総長で、機動隊の学内導入を決断したり、東大入試中止となったり、とても大変なときだったことが記事に出ています。

最初の弟子が森島昭夫先生だそうで。「度量が広い。まず人の話を聞く。自分と考えが違っても攻撃的にならなかった」そうです。

上に立つ人は、度量が広くないとだめですよネ~。小さい人間にはなりたくないですネ。自分の上に立つ人も度量を広く持っていてほしいと思うし、自分も度量が広い人間にならないと。

東大紛争について、「(加藤先生の人生への影響について)マイナスが大きいですね。人生が全く変わりました」と述べていたそうです。

あと、司法試験受験の有名講師の森圭司先生が急逝されたそうですネ。著書は、他の予備校本と異なり、学問の香りが残っていて、ベーシック・ノート憲法や、ベーシックノート刑法総論は秀逸だと思います。残念ですネ。

飯島愛さんもショックでしたが。

惜しい人をなくしましたネ、今年も・・・。心よりご冥福をお祈りいたします。

2008年9月19日 (金)

平井宜雄「債権各論Ⅰ上」 自分なりのまとめ②

9月6日の記事のつづき。

「第2章 契約の概念」「第1節 契約の意義および機能」「1 契約の意義」。契約は「当事者間の自由な意思に基づいて取り決められた債権発生原因の1つたる合意」の意味で用いられることが明らかにされる。

「2 契約の機能」「(1)契約と市場機構」では、排他的支配の対象および範囲の社会的承認、つまり所有権(排他的支配権)と合意が守られる社会的な保障つまり契約とは、市場機構を支える最も基本的な法的枠組みとなる、とされる。

「(2)市場の変化と契約」。契約が市場機構を支える最も基本的な法的枠組みだとすれば、市場が変化すれば契約概念もその機能も、それに対応して変化するとし、(ア)市場機構の作用する範囲(取引圏)の著しい拡大、(イ)取引の国際化・大規模化・迅速化の急速な進展(通信技術の驚異的な進歩)、(ウ)大企業が重要な取引主体として登場したことに伴って生じた変化、(エ)市場機構そのものの変化、(オ)消費される財の著しい多様化を挙げられる。

「3 本書の対象たる契約」では、上記契約の定義のもと、その原型をいずれに求めるべきかについて、取引の現実に迫るのに有用な理論的道具の提示を意図するところから、B2B契約(business to business)をもって現在における契約の「原型」と把握することが明らかにされる。

「第2節 契約法と契約法学」「1 契約法学の地位」「(1)契約の重要性と伝統的契約法学」では、「裁判規範としての契約法学(契約をめぐる紛争につき訴訟が提起され、裁判上の解決を求められたときに、裁判官が適用すべき諸規範を提示するための学問分野)」を伝統的契約法学と呼び、現代において重要でない旨の指摘がまずされる。その理由は、(ア)現在の最も重要な取引主体は企業であるから、現在の社会で量的にも質的にも最も重要な契約は、企業間におけるものであること、(イ)最も重要な取引主体たる企業は、大きな費用のかかる訴訟にはよらない紛争解決をより多く好むことになり、契約書または約款には、訴訟を回避し私的な紛争解決を選択する趣旨の条項が盛り込まれることになること、(ウ)継続的契約は現在の取引の最も基本的な形態であるが、その基礎をなす安定した社会関係は、「信頼」という社会規範(信頼規範)を生み出すが、紛争が生じた場合でもいわゆる「握手による解決」がなされること、(エ)各種のルールや合意によって作り上げられた無形の商品は、極めて複雑かつ複合的な契約によってなされていること、からである。現状はまさに、伝統的契約法学の「危機」である。この「危機」に直面して契約法学が採るべき方途は何か。

「(2)今後の契約法学の方向」では、契約法学が採るべき方途として、(ア)契約が用いられる社会学的実態を探究し、この実態に基づいて契約法学を構築するという途(来栖先生の「契約法」、北川先生の「現代契約法Ⅰ・Ⅱ」がこの方向を示しているとして挙げられている)、(イ)いわゆる「予防法学」をもって契約法学の進む方向と答えることが考えられるが、両者の弱点を指摘する。もっとも、「予防」法学という発想は、多かれ少なかれ「紛争発生前または契約締結前(取引開始前)に(つまり「事前に」)権利義務関係を定めておく」という考え方に立っているものと思われ、参考にされるべき発想である、とされます。

そこで、平井先生は、「現在の法律家に求められる契約法学とは、『特定の取引主体間における権利義務関係を事前〔取引開始前〕に設計することを主要な任務とするもの」と再定義します(38頁)。この再定義は、伝統的契約法学と異なった問題に契約法学を直面させる、とされます。

そして、「権利義務関係を事前に設計する場合、最も重要な着眼点の1つは、当該取引を巡って紛争が生じ訴訟が提起されたときにどのような判決が下されるかを予想し、かつ究極的には「信義則」および「条理」という規範に支えられた判決を得られるようにしておくことである。そのためには、疑問の余地の生じないよう明確に権利義務関係を契約書中に表現する能力が要求され、裁判によって権利義務関係が確定されるためには契約の解釈という作業によらなければならない以上、契約の解釈という作業の性質を明らかにしなければならない」、とされます。これは、民法の「契約」の章に属する規定に依拠すれば足りるという単純な作業ではない、と指摘されています。そこで、76頁以下で契約の解釈の具体的基準を可能な限り明らかにすることが行われます。

また、市場において入手または調達の容易な財(たとえばチョコレートや建材のように規格化され大量生産される商品)の取引を「市場型契約」と呼び、それが困難な財(非代替性の大な財。たとえば、特定企業の買収、特殊な金型製作の技術を持つ企業への金型の発注)の取引を「組織型契約」と呼んで、この2種の契約のもたらす権利義務関係の様々な差異を明らかにするとともに、この2つを現在の社会における取引の現実を把握する理論的道具として位置づけられます(39頁)。

なぜなら、契約上の権利義務の設計の仕方を決定するのは、当事者が達成しようとする取引(契約)の目的であり、その目的を達成するための権利義務の設計の仕方は当該契約により入手すべき財の性質によって異なるからであるとし、丁寧な論証が行われます。

そして、「権利義務関係の設計を任務とする」と定義された契約法学は、かえって典型契約の意義を明確に示すことができる、とされます。それは、契約実務では典型契約の規定を手掛りとして契約書を作成し、取引から生じる権利義務関係をあらかじめ設計して取引に入るのであり、典型契約の規定には、重要な役割(権利義務関係の設計のための重要な道具の1つ)が与えられているから、とされます。今後の契約法学は、この視点から典型契約の意味と適用範囲とを明確に示すことに努めるべきである、と述べられています(40頁)。

そして、「契約法学は、法的知識の伝達のためには今後とも法律学の伝統的仕事に従事すべきであるが、このような伝統的な仕事の意味が、一般的には薄れつつあることに鑑みると、伝統的仕事が依然として意味を持つ分野と意味を失いつつある分野とを、次述の契約行動モデルを用いて理論的に示すことによって、裁判規範としての契約法学を意味あらしめるよう努力すべきである」と。

27頁~40頁までの自分なりのまとめです。あくまでも自分が思い出しやすくするためのものなので、できれば購入して読んでみてください。知的な興奮を味わうことができ、オススメです。最近は、仕事が忙しいので、徐々にまとめたいと思います。

2008年9月 6日 (土)

平井宜雄「債権各論Ⅰ上」 まず60頁まで読みました。

法律学講座双書 債権各論I上-契約総論- (法律学講座双書)

9月1日より、平井先生の債権各論Ⅰ上を読み始めました。2日以降は忙しくて全然読めていません(9月1日の電車内で60頁目まで読めただけです。がんばります)。

はしがき;なんとか下巻までは執筆してほしいと思いますが・・・。

「第1章 序説」「第1節 債権各論の意義と同総論の地位」「1 債権各論の意義」「2 債権の発生原因」では・・・

契約と不法行為が債権発生原因の中で最も重要であること、

また表意者の一方的意思表示により表意者以外の者に債権を取得させうるかという問題について、否定説を採られている。したがって、懸賞広告は契約であると解するべきであるしている。となると、平井説からは創造説の採用は難しいのかな?

「第2節 総論と各論の関係」「1 総則性の不徹底と各論の役割」では・・・

債権総則の総則的性格は必ずしも貫徹されていない(債権総論で既に述べられておりますが)、契約総則の総則性に対しても疑問を提起しています。そして、契約総則は、総則性に乏しいものとして解体されるべきであり、契約総則は独立の地位を失い、それに対応して契約各則もその地位を再編されるべきことになると述べられています。典型契約の説明にあたっては、売買と委任(行為債務の重要性から)とを二大支柱とし、引渡債務・行為債務と関連する程度に応じて典型契約の分類を試みることが理論的であり、債権総論と債権各論とを有機的に結合するための着眼点と考えなければならない、としています(8頁)。さらに、契約の総論的部分は、1回的な給付を目的とするものか、それとも継続的な給付を目的とするものか、という区別を念頭において記述されなければならない、としています。

「2 損害賠償債権の地位―請求権競合」では、かなりのページを割かれて書かれています。総則性の欠如(債権総則には損害賠償債権についての総則的規定が欠けている)という視角から、債務不履行と不法行為の関係に限定して論じられています。

学説も歴史的に論じられ、うまくまとめられています。結論として、「債務不履行責任に関する規定を優先して適用し、補充的に不法行為に関する規定を適用するという立場」に平井先生は立たれています(19頁)。「まず債務不履行責任を優先させた上で、『債務不履行によって生じた事態が契約本来の目的範囲を逸脱するものであったときは』(最判昭38・11・5民集17巻11号1510頁の判決文です)債務不履行に止まらず、不法行為に基づく損害賠償請求権も発生する(両者は競合する)と解するべきである」と法律論としては表現されるべきであるとされています。この「契約本来の目的範囲を逸脱する」ものであるか否かは、一般原則通り、個別具体的な契約の解釈によって判断されることになるとされつつも、以下の2基準を立てています。①故意または害意に基づく不履行は、それだけで直ちに(契約の解釈を待たずに)契約本来の目的範囲を逸脱する(常に不法行為と競合する)と解すべきである。②生命身体の保護あるいはそれに対する危険の防止を目的とする契約においては、生命身体の侵害によって生じる損害賠償請求権は契約の目的範囲に含まれるから、債務不履行として処理されるべき。債権侵害に関する平井説(吉田邦彦説ですネ)や、故意不法行為と過失不法行為とを単なる主観的要件の差異だけではないとする平井説に通じるものがあります。「* 実体法学と新訴訟物理論」の箇所では、「法的評価の再施」を必要とすること自体、実体法上の性質を顧慮せずには問題が解決されないことを示している、とするならば、少なくとも、請求権競合問題については、基本的には旧訴訟物理論にしたがいつつ、そこから生じる結果がいわゆる新訴訟物理論の主張するがごとき不合理なものであれば、釈明権の行使・訴訟上の信義則の活用等によって可能な限り除去するように努めれば足りるのでは、として、伊藤眞「民事訴訟法(第3版3訂版)」を参照としています。これに続けて、「訴訟物概念が決定すべきものとされていた各個の事項は、事項ごとにその制度の趣旨に応じて決定すれば足りると解されるように」民訴法学においてはなってきており、実体法上の請求権がアプリオリに訴訟物を決定する基準と考えるべきではないと考えることができるならば、実体法学は、常に訴訟物との関連を意識しつつ請求権競合問題を論じるといういわば桎梏から解放され、実体法学の平面でのみこれを扱えば足りることとなる、とされています。中野先生の「訴訟的訴訟物」概念にも触れており、学問的刺激を受けます。

「第3節 債権各論Ⅰの構成」において、債権各論Ⅰは契約を重視し、これを中心に扱うこととされ、契約総論においては、契約総則、契約上の紛争解決の意味を論じた個所で和解が扱われます(和解の個所を読むとこの意味が分かります)。事務管理、不当利得は、契約を重視する姿勢に基づいて契約に従属しまたはそれと関連する側面に重点をおいて扱われます。典型契約の規定の説明が第4章、第5章。第6章が不当利得。第4章以下が「債権各論Ⅰ下巻」となります。事務管理は、委任の個所において説明がされるそうです。

つづく。

2008年8月31日 (日)

ゲット!平井宜雄「債権各論Ⅰ上 契約総論」

法律学講座双書 債権各論I上-契約総論- (法律学講座双書)

9月2日発売予定と弘文堂のホームページにはあったのですが、ネット上ではあちこちで「ゲット!」という書き込みを見たので、地元の本屋を探し・・・。2軒目で見つけました。明日、読みます!

はしがきには、悪性腫瘍だったことが告白されていました。入院も繰り返されたようで。襟を正して読みたいと思います。

感想は、後日、必ず書きます!

2008年7月 1日 (火)

債権各論Ⅰ 8月下旬に。

平井先生「債権各論Ⅰ(上)~契約総論」の発売が8月下旬に延びてしまいましたネ・・・。でもまあ、楽しみはとっておきたいと思います。債権各論Ⅰの前提となるジュリストの論文や、NBL702号以下の「交渉に基づく契約の成立」(村井武さんの修士論文に平井先生が加筆)を読んで、気長に待とうと思っています。

平井先生の著書を読んだのは、大学時代の民法のゼミでの予習がきっかけでした。ゼミでの指定教科書は有斐閣のSシリーズだったのですが、ゼミで議論していく中で、より深い内容まで学習しなければならないと思い、我妻先生の民法講義のほかに、総則では四宮先生(当時は第4版でした)の本がとても良かったので、債権総論でも同じ弘文堂の法律学双書である平井先生の「債権総論」を読みました(この他にも林良平先生の青林書院の債権総論も読んだのですが自分にはあいませんでした)。このときに、教育的配慮から構成されている点はもちろんのこと、議論の進め方がとても丁寧で条文の文言をとても大事にしており、判例・通説の到達点を示すとともに、それに対する批判も鋭くて自説の展開が鮮やかだな~と、分からないながらにも感動したことを覚えています。その後、平井先生の書籍は購入し(「損害賠償法の理論」は古本屋で購入後に、復刊・・・)、論文は図書館でコピーして、いまも大事に保管してあります。法律学基礎論覚書、続法律学基礎論覚書、法律学、法政策学も読んでました。あの頃は、よく勉強したなー。

2008年6月27日 (金)

平井宜雄先生の論文。

平井宜雄先生の「債権各論Ⅰ―上 契約総論」(弘文堂)が7月中旬に発売されるという記事を前に書きました。発売されるまでに、久々に、平井先生の本を読もうと思って、いま「債権総論」を読んでいます。あわせて、最近の平井先生の論文を読もうと思い、今日は仕事が休みということもあり、図書館に行ってコピーをしてきました。

NBL5冊、専修大学法学研究所所報。まず読んだのは、NBLの689号・690号。「内田貴教授著『契約法学の「再構築」をめぐる覚書』を読んで」の論文。

この論文については、内容が内容だけに、いろいろな評価があるようです。

その点はとりあえず置いといて、論文の中に、いくつか自己への戒めとしなければいけない、平井先生の学問に対する厳しさを知る、そのような個所がありましたので、以下、抜粋しておきます。

NBL689号35頁注1より。「批判の対象たる言明(主張)をさすのに、『御託宣』というような揶揄的・貶価的な語を用いるのは、批判においては決して行なってはならない行為である。それは、事実と論理とに依拠して批判する態度から生まれるものではなく、自己の意見に反する主張を、読む者の感情に訴えることにより、あらかじめ矮小化しておいて有利な立場にみずからをおこうとする戦略的態度から生まれるものだからである」。

NBL同号同頁注4より。「要件・効果を述べた言明の体系として法律論を理解し、その元明への包摂によって法律問題を解決する、という思考方法が法的思考様式の基本であり、したがって、この思考方法を教えることが法律家の養成にとって重要だと私は考えている」。

NBL690号34頁注3。これはあえてここには載せません。

NBL同号同頁。「他人の考え方や思想や学説等を批判するには、それらをまず理解することから出発するのが、批判者の守るべき第一の、最小限の規範的態度である。しかし、理解するということは、批判の対象たる言語的構成物(言明)が伝達しようとしている意味を理解するということだけではなく、その言明を生んだ、より広い問題意識・思想的土壌・学説史的背景を理解することであり、さらにいえば、当の言明を生み出した者がそれまでに作り上げてきた独自の知的世界を理解するということでもある。したがって、批判の対象たる言明を理解するとは、それらの知的バックグラウンドすべての文脈のなかで当の言明を理解するということであり、それは、誇張していえば、異文化を理解するのに匹敵するほどの知力と知性とを批判者に要求する困難な作業である。だからこそ、批判者は、批判の内容やその根拠にいかに自信をもった場合であっても、“I may be wrong and you may be right ・・・・・・”(筆者注。ポパーの言葉。同38頁の注1を参照)という態度を忘れてはならない。これが批判者の守るべき第二の最小限規範的態度である」。

NBL同号35頁以下。「『民法の規定とそれに関する判例・学説についての最低限の情報を理解しやすく学生に伝えるのが法学教育である』・・・(というような)法学教育観が一部の教師や学生に歓迎されるであろうことを私も認める。・・・民法の規定および判例・学説に関する『最低限の情報』を『理解しやすく』つまりわかりやすく教えるという法学教育観(あるいは『法学教師の役割』観)を歓迎する教師や学生の範囲はますます大きくなるであろうことも、一般的には予測できる。しかし、私は、みずからの経験に照らしてこのような法学教育観を支持しえない。

 第一に、・・・教育の効果は教師と学生との相互作用(筆者注、原文は「相互作用」に傍点が振ってあります)から生まれる。法学教師がいかに『わかりやすく』教えたつもりでも、『わかるかどうか』は学生の能力にかかっている。そして、理解する『能力』は、学生の数だけ存在するといえるほど、実に多種多様なのである。・・・(筆者注、ここは略しますが、ぜひ、一読してほしい)学生の理解能力がこのように多様であることを考えれば、『わかりやすく』教えるということの意味は自明ではなくなってくる。もし、その意味が平易な用語や事例に頼って説明するということならば、数式を使わずに物理学を教えるというに等しく、法学教育としての意義を失うことはいうまでもない。そうだとすると、多様な学生に対する法学教育の目的は、結局のところ、・・・知的刺激を与え続けて学生の・・・知的好奇心を呼び覚ますことによって―『わかりやすく教える』ことによってではなく―『みずからわかる』のを助けることにあるといわなければならない。少なくとも、どうすれば学生に知的刺激を与えることができるかを考え続け、その方法を模索することこそが、法学教師の任務であることとなる」。

第二に、・・・どういう教育方法を採用すれば学生が当該分野のもっとも基本的な概念を理解でき、それによって、どのような時代になっても通用する(つまり、『陳腐化』しない)種類の基本的知識をもっとも効率的に習得できるのか、未知の問題を発見し解決する能力を学生が開発するのをいかに助けるか、についての方法を工夫することである・・・。

第三に、法学をはじめて学ぶ学生は常に大学の学生であり、小学生や中学生ではない。一定の知力を備え、常に変化する多様性をもち、知的好奇心を少なくとも内に秘めた存在だと想定しなければならない。しかも、多くの学生にとっては、大学の法学部が法学に接する最初で最後の機会であり、教え方如何が彼または彼女たちが将来かかわるであろう法律問題に関するイメージをも決定する。これがいかに重大であるかという、いわば「恐怖感」を法学教師は常に持ち続けなければならない。・・・教育が教師と学生との相互作用から生じる以上、学生側にも教師の知的能力を判定する機会がある。そして、学生たちは教師の知的能力を判定する『嗅覚』というべきものを以外によく備えている・・・法学教師は、この『嗅覚』をも怖れなくてはならない。・・・(この法学教育観)は、学生を『最低限の知識』が与えられるべきまったくの受動的存在であることを前提とし、それを疑わない。しかし、学生の、少なくとも潜在的な、知的能力を侮ってはならない。それは教師の能力を試すいわばリトマス試験紙なのである」。

法学教師だけではなく、「教員」と呼ばれる方にも心して頂きたい、内容だと思います。また、学生を主体的に扱う平井先生の論を読んでいるうちに、團藤先生の「主体性理論」を思い出しました。そんなの関係ねぇって言われるかもしれませんが・・・。

また、言葉の選び方にも気をつけなければいけない、学問の世界は本当に厳しい世界であるということを再認識しました。

契約の時代―日本社会と契約法

なお、内田先生については、「契約の時代」(岩波書店)に、上記に引用した平井先生のNBLの論文についてコメントが、注で載っています。

まだまだ勉強は続きます・・・。

2008年5月30日 (金)

いよいよ7月中旬「債権各論Ⅰ-上」

今日は1日寒かったですネ。暑かったり、急に寒くなったり。

さて・・・弘文堂のホームページが更新されていました。そして、平井先生の「債権各論Ⅰ-上(契約総論)」が7月発売ということで、紹介されていました。ページ数が少ないな~と思いましたが、有斐閣双書の契約総論もそれぐらいですし・・。目次を見ますと、論文で書かれていた内容がまとめられているようですネ。本当、期待大です。早く読みたい!

なんで、平井先生のファンになったんでしょうネ。解釈論も斬新だったり(訴権説採用など)。でも、弘文堂の法律学叢書執筆時のそれぞれの分野の最先端の研究を採り入れていたり、比較法・起草者見解(梅先生)→判例・通説→批判→平井説という流れでしっかりと説明している姿勢が貫かれているところが、分かりやすいし、解釈論にとても興味を持つことができたりすることが、平井先生の本の特長だと思います。要件事実論とは異なりますが、立証責任についても早くから意識して書かれていましたし。

視覚的(ビジュアル的)理解に訴える本が多いなか、加藤晋介氏のいう「文字情報として受容し、また文字情報として再構成し、適切に発信していける力」=「法の仕組み」を「柔軟に運用していける知的な能力」を養うことを意識した本だと思います。だからこそ、内田先生の東大出版会の民法の本が出たときに、平井先生が怒ったという話(噂の類ですが、あちらこちらからこの話は聞きました)もあるのではないかナーなんて。

「債権各論Ⅰ-下」(もしかしたら中巻もあるのかな)の内容は、瑕疵担保の法的性質など、読んでみたいところが満載なので、ぜひ、執筆を早くしてほしいな~と思います。青林書院の民法総則はオシャカになってしまったようなので・・・・。

2008年5月20日 (火)

待望の平井宜雄「債権各論Ⅰ上巻 契約総論」弘文堂法律学講座双書

大学時代は、民法のゼミに所属していました。

有斐閣のSシリーズ民法が指定教科書だったのですが、深く勉強したかった自分は、いろいろな本を読みました。その中でも、四宮和夫先生の民法総則で民法の奥深さを知り、平井宜雄先生の「債権総論」で民法の解釈の面白さを知りました。鈴木禄弥先生の「物権法」のなかの「所有権段階的移転説」も、法律とは何たるかを学びました。

特に平井宜雄先生の本や論文集は、片っぱしから集め、「損害賠償法の理論」、「債権各論Ⅱ不法行為」、その他の論文集も読み漁りました。本当は大学院に行って民法を勉強したかったんです・・・。「法政策学」「法律学基礎論覚書」「法律学」など、難しいのだけれど、なんとか理解しようと頑張っていた日が懐かしいです。

その平井先生も専修大学の法科大学院に移られ、体調を崩されていると星野先生の本で知って、「債権各論Ⅰ」は未刊で終わるのかな~と何となく諦めていたのですが、法学教室6月号の弘文堂の広告に、「契約法の基礎理論を展開した待望の書」として、出ていました。

内田貴先生との論争もあったし、「債権各論Ⅱ」で、「債権各論Ⅰに譲る」として詳細を譲っていた部分も多かったので、本当、楽しみです。出版されるまでに、もう一度、平井先生の「債権総論」や「債権各論Ⅱ」を読み返そうと思っています。7月ぐらいには出てほしいですネ。

法律学講座双書 債権総論 法律学講座双書 債権各論〈2〉不法行為

2008年5月 6日 (火)

川井健「民法概論」シリーズ 感想

川井健先生は、一橋大学名誉教授。昭和2年生まれ。

民法概論シリーズは、総則が第4版(2008年)、物権が第2版(2005年)、債権総論が第2版(2005年)、債権各論が初版(補ていが入っています)(2006年)、親族・相続が初版(2007年)。オーソドックスな体系で書かれています。

民法総則が1995年に最初に出されたと思うのですが、その当時はかなり力の入った力作だなーと思いました。近江幸治先生の民法講義シリーズの影響を受けてか、学説の議論の分かれ目を分かりやすく、書かれていたと思います。わたくしの大学時代のゼミの先生も、評価されていました。松坂佐一先生の「民法提要」シリーズの後継本になるのではないか(松坂先生の本も素晴らしい。誰か改訂をしてくれれば、あんなに良い本はないのに)、との期待を抱かせる内容でした。

総則・債権総論が特に秀逸です。

ただ、問題点がいくつかあります。

①誤字が多い・・・。お弟子さんたちが校正を買って出ればいいのに、もったいない。

②論点落ちも見受けられる・・・。債権各論の慰謝料の記述、瑕疵担保責任の法的性質論などなど。総則を書かれたときのような、あれぐらいの網羅性があれば、最強の基本書だと思うのですが、やはり完璧な基本書はないのですネ。自分で補完するしかないようです。「親族・相続」も、記述があっさりしており、総則とは異なる執筆姿勢を感じます。

③理由付けが少し薄い。学説紹介の所で理由付けを先に書いているからかもしれませんが、物足りなく感じしてしまうところが多々。

しかし、それをおいても川井先生の民法概論シリーズは、使い勝手が良いと思います。

民法概論 1 民法総則