前田・総論第5版のいいところ。
実行行為の開始と終了のところ(113頁以下)。
最判平16・3・22刑集58巻3号187頁(百選では64事件で、塩見先生の解説)の紹介で、「一個の実行行為」という箇所。
「具体的な事案を前にして、実行行為をどのように把握するかは、実は最も困難な解釈論上の課題なのである。」
「Aにクロロホルムを吸引させて失神させた上(第1行為)、自動車ごと海中に転落させてでき死させる(第2行為)よう計画・実行したところ、クロロホルムを吸引させた行為により被害者が死亡していた可能性のある事案」に、上記判例は、殺人既遂罪を認めたのだけれど、第4版にはなかった、「第1行為に実行の開始(着手)が認められる条件」をレジュメのようにまとめています。こういう見せ方が前田先生は巧いな~。分かりやすそうって。
逆に、悪いところがすぐに出てきます。
「実行行為の終了時期」。
東京高判平13・2・20判時1756号162頁の紹介。事案を紹介して、判旨を紹介するのだけれど。
妻に対して激昂した夫が、殺意をもって包丁で妻の胸部等を数回刺し(第1行為)、重傷を負った妻が玄関から逃げ出そうとすると包丁を持ったまま夫が追いかけて居間に連れ戻した。包丁を台所に置きに行ったところ、妻がそのすきを見てベランダに逃げ、ベランダを伝って隣の家に逃げ込もうとした。夫は妻を連れ戻そうと考え、声をかけることなく掴みかかったら、妻がこれを避けようとしてバランスを崩して、24.1mのベランダから転落して外傷性ショックで死亡した事案。
夫が妻を連れ戻そうとしたのは、ガス中毒死という殺害方法を意図したからなんだけれど、事案の説明でそのことは書いてないんだよネ。判旨の中に「被害者を摑まえる行為はガス中毒死させるためには必要不可欠な行為であり」といきなり出てくるんだもん。あぁそうだったの、っていう感じ。
この東京高裁の判例は、西田総論やリークエでは出てきません。
そして、出版当時、誤植の多さで話題をさらった、木村先生の演習刑法の問題として使われた判例。
なんでいきなり「ガス中毒死」って出てくるんだよ~って思った記憶がよみがえりました。
同じ過ちだと思うんだよナ~。
まあ、前田先生の方は、分からなくはないんです。でも、普通、事案のところで「ガス中毒死させようと掴みかかろうとして・・・」というようにした方が、分かりやすいと思うのですが・・・。
116頁の網掛けのところなので、ぜひ、読んでみてください。
第4版も同じ記述(119-120頁)。第5版では項目の順番を入れ替えたりして前田先生はここの実行行為の記述は力を入れたことが良く分かります。
こんなとこで突っ込むナ!って感じなんでしょうかネ~。読んでいてわたくしは非常に気になったのでした。
こんなことを書いていても、わたくしは前田説は好き。同意とか、構成要件的故意とか。
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