« 吉川晃司 25th ANNIVERSARY プレミアムバースデーイベント | トップページ | つぶやき »

2009年8月12日 (水)

清永聡「気骨の判決 東條英機と闘った裁判官」新潮新書

清永聡「気骨の判決」(新潮新書)を一気に夜のうちに読みました。

8月16日に同名のがNHKで放映されます。これもぜひ、見たいと思います。

内容は・・・

「吉田久、命がけで東條英機と闘った裁判官―。政府に非協力的な国会議員を排除する意図があったとされる『翼賛選挙』では、聖戦遂行の美名の下、国民の投票の自由を実質的に奪う露骨な選挙妨害が行われた。他の選挙無効の訴えが退けられる中、吉田は特高の監視や政府からの圧力に負けず、戦時中に唯一の『選挙無効』判決を下す。これまでほとんど知られることのなかった気骨ある判決と孤高の裁判官の生涯を追う」(同書の表紙裏より)。

戦争間近のあの時期に、戦争へ向かう政府・軍部に迎合することなく、戦った無名の人たちに、感動しました。Rockです、生き方が。気骨あふれるというか、反骨の精神というか。でも、知りませんでした。こういう人たちがいることを、ちゃんと歴史で教えろっちゅうねん。杉原地畝さんといい、もっと日本人に知られて良いと思うんですがネ・・・。

判決書が載っているという、書籍は、明日、図書館で借りてきます。

以下、自分の気になったところ。

53頁以下「第一回口頭弁論が開かれる前に、自ら各民事部の部長に呼びかけて、台新院内で裁判官会議を開いたのだ。議題は法律の解釈だった。・・・吉田が問題視したのは、当時の衆議院議員選挙法82条の解釈だった。」
 「選挙の規定に違反することあるときは、選挙の結果に異動を及ぼすのおそれある場合に限り、裁判所はその選挙の全部または一部の無効を判決すべし」
 この「選挙の規程」に違反して無効となる場合について、当時は、手続きの問題や管理ミスに限るという説が有力だった(『改正衆議院議員選挙法示解』)。無効な選挙人名簿によって選挙を行ったとき、選挙に際し投票所の告示をしなかったとき、告示した場所において選挙をしなかったとき、選挙人でない者が投票をしたとき、正規の投票用紙を使用しなかったときなどが、その例と考えられていた。したがって、翼賛選挙のような組織的な選挙干渉や妨害を「規定違反」に該当するかどうか、選挙法は想定していなかった。
 しかし、吉田は、衆議院議員選挙法の規定は、公選の精神を保つために定められていて、大規模な妨害や干渉によって、有権者の意思が抑圧されて、それが選挙全体に影響を及ぼすことになれば、法律が目指す自由で公正な選挙が行われたことにはならない、したがって、そのような場合は選挙無効の判決をすべきだ」という解釈を、各民事部の部長に述べて、同意を得たそうです。この会議が、のちに生きてくるのですが・・・。

以下、チェックしたところ。

67頁の前田直之助の言葉。

77頁の大河内輝耕(貴族院議員)の東條首相に対する、選挙干渉の危険性を指摘する質問。

81頁の吉田の、死を覚悟した鹿児島出張。

86頁、松尾實友の法律時報(昭和18年3月15日号)の座談会での発言。

113頁、大審院長の長島毅の法律時報の「戦争と法律」(昭和18年7月)。

117頁、憲法学者の美濃部達吉の、住居侵入罪(出征中の軍人の妻と情交する目的で回にわたってその自宅に立ち入った事件)の判例批評。

127頁以下の東條演説事件(司法省に対する脅しです)、とくに134頁以下。

141頁の戦前の裁判所の状況(101か所閉鎖、200人の裁判官・検事が陸海軍に転出など)。

141頁以下の、尾崎行雄不敬罪事件の無罪判決(三宅正太郎が裁判)。

143頁以下の、裁判への軍部の干渉の事例。

145頁以下の、岩松東京民事地方裁判所所長の義勇軍のエピソード。

159頁以下の、大河内輝耕が、貴族院予算委員会で、無効判決を取り上げての質問。

179頁。久野修慈中央大学理事長(製糖工業会会長)の吉田評。「吉田先生はね、一言で言うと『人間主義』なんです。自身が社会の底辺で苦労を重ねただけに、貧しい人にも豊かな人にも、一歳の予断を抱かずに、平等に謙虚に耳を傾け、その人のことを全て信頼しようとする。そこが立派でした。企業のリーダーも同じなのです。大切なのは商売の才能よりも、人を信頼し、人の話をどれだけ真剣に聞くことができるかということなのです」。

同頁。久野氏が「正義とは何か」という問いを投げかけた。吉田はこう答える。「正義とは、倒れているおばあさんがいれば、背負って病院に連れて行ってあげるようなことだ」。

182頁以下。尾崎末吉の昭和29年の冨吉栄二の追悼演説。

187頁、無効判決の原本が生き延びたわけ。

192頁。「吉田はどのような政治体制の元であろうとも、おかしいことはおかしい、と言い続けたいと考えていた」。

このほかにも、吉田氏は苦労して裁判官になった話、吉田の他の裁判の話など、興味深い話が載っています。

« 吉川晃司 25th ANNIVERSARY プレミアムバースデーイベント | トップページ | つぶやき »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

法学」カテゴリの記事

憲法」カテゴリの記事