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2009年4月 2日 (木)

ついにゲット!大村敦志「民法読解 総則編」有斐閣

ついにゲットしました!

民法読解 総則編 民法読解 総則編

著者:大村 敦志
販売元:有斐閣
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わたくしの住む街の本屋には全然ないということは、以前の記事にも書きました。仕方なく、ネットで購入。注文した2日後にはゲットしました。

カバーは格好いいですネ。ただ、指紋がつきやすい・・・。そこで、カバーを外すと・・・第1印象は学校の「出席簿」・・・。

まあ、そんなことは関係ないですネ。中身です中身。

「略目次」を見ると、「え、コンメンタールなの?」

「序言」を読むと、島田修二「昭和の短歌を読む」による、吉野昌夫の「いのちながらへて還るうつつは想はねど民法総則といふを求めぬ」という歌の注釈から始まります。そして、「民法全体の『エッセンス essence としての民法総則」を講ずる、というのが、検討の対象に関する本書の基本的姿勢である」と宣言。

「星野英一は、その著書『民法概論Ⅰ』(良書普及会、1971)の『はしがき』において、『教科書を読むことを中心とし』た学習方法をしりぞけ、その代わりに、まずは『関係条文を熟読』すべきことを強調している。ここで注意すべきは、星野は、1条ずつを切り離して条文を読むのではなく、『民法の章ごとにまとめてゆっくり読んでみる』ことを勧めているということである。そこには、民法の各条文がばらばらに存在するのではなく、テクストとして一体を構成していることが示唆されているといってよい」。「フランスのある法律家は言っている。『法典 code」と呼ばれる法律には、内的一貫性が備わっており、それゆえそれは通読に耐えるのだと」。「以上のような意味で『民法総則のレクチャー Lecture』を試みるというのが、検討の方法に関する本書の姿勢である」。

「私自身が読解を試み(民法典について立ち入った検討をしようとする場合には、起草過程に即して条文を読み解く訓練が必要になる、とされ、前田達明ほか『史料・債権総則」(民商法雑誌)から大きな影響を受けたそうです)、それを観察するところから教訓を引き出してもらおうというのが、本書における検討の目的である」。

「本書は条文順の検討を基本とする。しかし、・・・逐条解説を行うものではなく、条文をいくつかのまとまりに分けて話を進める。そして、各章の終節において、その小の表題とからめる形で、個々の条文からはもれ落ちる問題に言及し、全体の最後におかれた結章では、『総則』の編成について検討する。
 本書では現行法の規定のみではなく、今日に至るまでに削除された規定や修正された規定も扱われる」。

大村先生が、常に座右に置いたものは、次の通りだそうです。

第1期(~1905) 梅(要義巻之一 1896) 富井(1903)

第2期(~1935) 鳩山(1911) 我妻(旧版)1933

第3期(~1965) 川島(1965) 我妻(1965)

第4期(~1995) 星野(1971) 米倉(1984) 鈴木(1984) 北川(1993)

第5期(1996~) 内田(1996) 四宮=能見(1999) 山本(2001) 加藤(2002)

あわせて3種の注釈書(新旧の注釈民法、民法注解財産法)、梅「民法総則(法政大学)」、川島「民法Ⅰ」、広中「新版民法綱要第1巻総論」、さらに江木・中島・於保・幾代・石田喜久夫・石田穣・須永・川井・椿・辻・佐久間・潮見・河上なども随時参照したそうです。

「目的はあくまでも『私の読み方』を示すこと」。

大村先生の熱意が伝わってきます。昨日の午前10時頃に届いたのですが、午後から仕事だったため、まだ少ししか読めていません。しかし、物語のように読めます。星野先生や平井先生のように、起草過程・比較法から論じられるスタイルに慣れているからでしょうか。そういえば、最近の民法の本は、起草過程から論じるものが、一時期に比べて、減ったような気がします。

1条1項の「私権は、公共の福祉に適合しなければならない」から始まって行きます。「権利」ではなく、なぜ「私権」となったのか、通常の基本書には書いていないことから、読み解いてゆきます。「民法読解」と名付けたことについて、最初から納得させられるのです。

学問的好奇心をくすぐる書物です。各種試験の基本書とするのはどうなんでしょうネ~。読み終わったあとに評価できれば、と思います。

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