« 祝!吉川晃司デビュー25周年! | トップページ | 死のエラー・WINDOWS最凶クラスのエラー »

2009年2月 2日 (月)

井田良「講義刑法学総論」その5

113頁以下「第6章 結果と因果関係」

因果関係は、結果犯における構成要件要素である・・・結果犯における「結果」とは、形式的意義における結果であり、構成要件がその発生を要求している一定の事態のことである・・・(因果関係論において)問われるべきことは、その行為がその結果を引き起こしたことを理由にして、その行為につきより重い違法評価(既遂は未遂と比べてより重い違法行為である)を与えることができるかどうかである・・・刑法における因果関係とは、結果発生を理由としてより重い違法性評価を肯定できるかどうかの問題であ(る)・・・違法評価の中核が行為に対する評価であり、そしてその評価を通じて将来の同種の結果の回避という一般予防効果を達成しようとするのであれば、行為のもつ高度の危険性が結果の発生により確証された(行為のもつ危険が結果として現実化した)という場合にのみ因果関係を肯定すべきである。

条件関係の存在は、法的因果関係を肯定するための事実的基礎である・・・条件関係の判断は、(事実的つながりという)関係があるか、それとも無関係であるかを確認するための判断である・・・通説によれば、条件関係は、その行為がなかったと仮定したとき、そのような経過をたどってそのような結果が生じることはなかったであろうと考えられるという仮定的消去法の公式で表現される・・・逆に、その行為を仮定的に消去したとき、それでも結果はやはり生じたであろうと考えられるのであれば、条件関係は否定される・・・(この)仮定的消去法の公式を適用するにあたっては、行為も結果も抽象的にではなく、具体的・個別的に把握されなければならない・・・具体化されたその時点・その場所におけるそのような態様の(結果)として把握しなければならない・・・(これは)法はあらゆる形態の侵害行為から法益を保護しようとしており、仮に他の態様の結果発生が蓋然的ないし確実であったとしても、そのことを理由にその行為からの法益の保護を放棄することはないと考えられるから(である)。
 仮定的消去法の公式の適用にあたっては、現実に存在した事実をそのまま前提としつつ、実際に行われた、行為者の実行行為のみを取り除いて判断しなければならず、仮定的事情の付け加えは禁止される・・・ただし、不作為の条件関係の判定にあたっては、仮定的に当該の不作為を取り除くことが必要となり、それは、実際には行われなかった仮定的作為を付け加えることを意味する。

 作為犯においては仮定的事情の付け加えは禁止されるという原則を形式的にあてはめると、不当な結論が導かれることがある(毒蛇事例)。Aが毒蛇にかまれ、救助義務者である医師Bが血清入りの注射をしようとしたときに、(法的救助義務のない)甲がアンプルを損壊して注射を不可能にすることにより、Aを死亡させたという事例で、もし血清を注射していたであろうという仮定的事情の付け加えが禁止されるとすれば、甲の行為がなかったとしてもA死亡の結果が発生していたことになるから、不当にも条件関係が否定されてしまうことになる(もっとも、121頁の注1参照)

 そこで、井田先生は、合法則的条件公式を採用する説を支持する。合法則的条件公式によると、行為と結果の間をつなぐ事実的経過を1コマ1コマ順次にたどりつつ検討したとき、それぞれが自然法則により説明できる形でつながっている場合に条件関係が肯定される。毒蛇事例では、甲が血清のアンプルを壊す→医師Bが血清を注射できない→毒蛇にかまれたAが死亡するという事実の流れは、自然法則により説明可能な形で飛躍なしに結合していることから、条件関係は肯定できるとする。仮定的条件公式と合法則的条件公式とは、その結論において同一であるが、後者は、直截・簡明な点において通説より優れているとする。

 わたくしも、仮定的条件公式よりも、合法則的条件公式の方が優れていると思います。潮見先生の不法行為を読んだときに、ああ、やっぱり合法則的条件公式の方が分かりやすいと思いました。「因果法則の適用公式ではあっても、因果法則の発見公式ではない」(西田87頁)。

 まあ、井田先生も指摘されるように、循環論法という批判はありうると思うのですが。

« 祝!吉川晃司デビュー25周年! | トップページ | 死のエラー・WINDOWS最凶クラスのエラー »

刑法」カテゴリの記事