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2009年2月20日 (金)

平井宜雄「債権各論Ⅰ-上」41頁~60頁まで①。

誤植情報が弘文堂のホーム・ページに出ています。その誤植にもまだ「てにをは」の誤りがあると思われるのですが・・・。これは出版社の方のミスでしょうネ。誤植情報の内容自体は平井先生の指示なんでしょうけれども。

さて・・・。

「2 契約上の紛争と訴訟」では、契約行動の理論モデル(費用便益分析。経済的合理人のの仮定)から、契約上の紛争においては取引交渉における紛争解決をするほうが、不法行為におけるような訴訟による紛争解決よりも一般に安価であると考えられ、紛争当事者が訴訟を選択するのは、①訴訟を選択した方がより大きな便益を得られることが明らかであると計算したとき、②費用と便益とを一元的尺度で比較できず、したがって費用便益分析祖ものが困難であるとき、③費用便益分析ができるとしても、便益が大であるか否か不明であるときの3つの場合であろうとされる。そして、以上のような理論モデルに基づいて紛争が訴訟上の紛争に転化するか否かをあらかじめ計算し、それへの対処方法を契約上の権利義務の設計に織り込むことができるような能力を養成することも、今後の契約法学の重要な理論的な課題であるとされます(44頁)。

すごいな~、平井先生。法律家の養成という観点を、ずっともっていらっしゃる。

「3 和解―紛争解決のための契約」「(1)意義」和解とは、「当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約する」契約である(695条)。したがって和解が成立するには、
 ① 当事者間に「争い」すなわち権利義務関係の存否・範囲・態様につき相容れない主張の存在を要し、それがあるからこそ、
 ② 「互いに譲歩」すなわち互譲によって相容れない主張を一致させて、
 ③ 権利義務関係を確定させる合意を要することになり、
 ④ 和解契約締結後は、それによって確定されたものと異なる権利義務関係を主張できなくなるから、争いはおのずから「やめる」ことになる(ただし、現在の通説は①②の要件を要求していない)。

和解の機能は、法律上の紛争を解決するところにあり、この点において、主として経済的利益の獲得を目的とする他の典型契約とは、その機能において異質であることは明らかであり、和解の解釈にあたってはこの異質性に即して問題の解決に努めるべきであるとされます(44頁以下)。

和解は、有償・双務・諾成契約とされる(梅、我妻)。が、有償契約であるということについては、①和解を債権契約と考えるかあるいはそれを債権各則に入れるべきかにつき比較法的にみて疑問があること、②民法の解釈論としても「互譲」の要件を重視しないとすれば、有償性は失われると考えなければならないこと、③仮に有償契約と考えるにしても、その法技術的意味(売買の規定の準用ー559条)がどこにあるかは疑問であるとされます(45頁)。平井先生の解釈論だな~、と。実定法の解釈論が面白いな~と。また合意を実現する債務を双方が負うから双務契約だと解しても、この債務は合意と同時に履行されると解すべきであるから、同時履行の抗弁権や危険負担の観念を容れるべきかはこれまた大いに疑問である。解釈論としては、和解は、契約の一般理論(「契約自由の原則」)によって当然に生じる合意と考えるべきものであり、立法論としては、とくに典型契約としての規定をおくまでもなかったと考えるべきである(45頁)。元来、民法は、ローマ法やフランス法の沿革とは無縁であり(旧民法財産取得篇110条以下では、フランス民法にならった5箇条の規定を置いたが、民法起草段階では、そのうち3箇条が削除された)、かつ現在の通説も和解に関する規定に大きな意味を認めていないから、基本的には和解によって生じる権利義務関係は契約の一般理論(契約の解釈)で処理されれば足りると考えるべきである。立法論として和解の規定を存置するならば、和解の確定効の範囲または錯誤との関係についてのみ規定すれば足りると思われる(46頁)。平井先生の解釈論ですよネ。沿革・比較法からしっかりと論じられ、非常に説得的です。これを読むと、契約各論Ⅰ-下巻を早く読みたくなります。頑張ってほしいです!!

「(2)要件」。(ア)「互譲」および「争いが存在すること」(イ)「和解の対象となる事項についての権利義務関係が当事者の処分しうるものであること」。(ア)の要件は、フランスの通説に従ったものである(梅843頁)が、一方のみが譲歩したときや、権利義務関係に関する争いが存在しないときは、和解ではなく、したがって、696条の効果が生じないことになる。

しかし、このような場合には和解ではないと考えても、当事者間に何らかの合意が存在することはたしかであり、そうだとすれば契約の一般理論によって当事者間の権利義務関係が定まるから、その合意の解釈の結果、当該合意によって以後の権利義務関係を確定し、過去のそれを問わないとする趣旨のものであったと認められれば、それは当事者を拘束する。その結果、695条が適用されないと解したとしても、696条と全く同様の効果が生じることになる。そこで現在の通説は、(ア)の要件を厳格に要件と解することに反対し、和解とは、当事者間に一定の事項につき「たとえ真実に反しても、以後は、法律関係はこのようなものとして確定する」という合意が存在すれば足りる、と解する(48頁)。判例理論は、一般論としては、(ア)の要件(①互譲の存在、②争いの存在)に従っているように見える。

平井先生は、和解の意義につき諸説が生じたのは、和解の沿革のためであり、このような沿革と無縁な日本民法の解釈としては、通説を支持すべきとされます(49頁)。和解とは広く、「従前の法律関係がどうであろうとも、以後の法律関係をこれとこれと定める趣意の合意を意味する」と解すべきであり、そのような合意の存在を典型的に示すのは(ア)の要件(①および②)が存在する場合であるので、695条は、そのような典型的場合を規定したにすぎない、と解すべきである、とされています。

「(3)効果」。基本的効果として、和解の対象となった権利義務関係は、和解の内容どおりに確定する(確定効)。696条の規定は、確定効から導かれる当然の結果を注意的に規定したものと解すべきである(通説)、とされます。

この確定効の及ぶ範囲を決するのは、究極的には契約の解釈に帰着するが、この点についての、判例の準則および通説は、錯誤を主張して上記の確定効を覆すことができるか否か、という問題について形成されている。

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