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2008年12月13日 (土)

井田「講義刑法学 総論」その3(訂正 再UP①)

仕事が忙しく、全然読みすすめていません・・・。で、軽く書いた記事があったのですが、やはりしっかり検討してから書き直そうと思い、削除。

主に2つ、書きたいことがあったのですが、今日は、そのうちの1つ、挙動犯について

「住居侵入罪・暴行罪は挙動犯」
・・・結果無価値論者からすると、ここは読むのが一瞬、止まりますよネ。暴行罪が挙動犯というのもひっかかりました(暴行罪を挙動犯と挙げているのは、ほかに曽根先生くらい?注釈は持っていないので、分かりません・・・)。

 挙動犯の典型例として、偽証罪(団藤、大塚、大谷、町野、堀内、前田、山口、林、斉藤信治第5版75頁等)、住居侵入(町野、堀内、山口、林)、逃走罪(林)が挙げられています。
 西田先生は、赤信号無視(道路交通法119条1項1号の2)を例として挙げています。
 団藤先生・内藤先生も、行政犯にはその例が多いと述べています。
 なお、中山先生は、公然わいせつ罪を挙げています(115頁。口述の方ではありません)。

【挙動犯について~行為無価値論から

団藤128頁
 ;構成要件によっては結果の発生を必要とせず、単に行為だけを要素とするものがあり、この種の罪を単純行為犯と称するが、大部分の罪については、行為のほかに一定の結果が構成要件要素とされている。これを結果犯という(なお、注11で、結果犯と単純行為犯との区別を否認する学説の紹介があります=①主観主義の立場から、②論理的否認説)。

福田79頁
 ;構成要件には、単に行為(身体的活動)だけを要素とするものがある(挙動犯)。

大塚129頁
 ;構成要件には、行為者の一定の身体的動静のみを構成要件的行為とするものがある(挙動犯)。挙動犯は、行為者の一定の身体的動静によってただちに完成するから、その未遂を考える余地がない(大塚254頁)。

大谷126頁
 ;構成要件的行為として人の外部的態度があれば成立し、結果の発生を必要としない犯罪

【結果無価値論から(林旧版114頁=平野118頁に同旨)】

平野118頁(団藤先生のいう、論理的に否認する立場)
 ;犯罪は結果犯と行為犯(単純行為犯)に分けられる。これは、一見、結果犯では結果の発生が必要であるが、行為犯では必要でないという区別であるかのようにみえる。しかしそうではない。結果犯とは、行為の終了と結果の発生との間に時間的なへだたりがあるものをいい、行為犯とはそれがないものをいう、という区別にすぎない・・・。偽証罪も行為そのものを処罰するのではなく、行為によって審判を誤らせる危険な状態という結果が発生したから処罰されるのである・・・。しかし、行為犯の場合は法益侵害と行為自体が密接に結びついているので、いわゆる「自手犯」であることが多く、共犯などの場合には特別の考慮を必要とすることになる。

山口45頁
 ;行為だけで成立するかに見える犯罪(単純行為犯・挙動犯) は、行為と同時(ないし、ほぼ同時)に結果が発生する点において、行為と結果発生との間に時間的・場所的離隔がある犯罪(結果犯)と異なっているにすぎない。こうして、結果はあらゆる犯罪における構成要件要素(構成要件的結果)となっており、結果のない犯罪はないという意味で、犯罪はすべて結果犯である。結果を欠く犯罪という意味における単純行為犯の概念は否認されるべきである。

西田79頁
 ;単純行為犯=法益侵害を伴わない、あるいは、法益侵害の危険すらないもの。しかし、結果無価値的な立場からすれば、このような犯罪を認めることは妥当ではない。赤信号無視は、たとえ遠い危険であっても交通事故につながり、人身・人命の侵害につながるから処罰されると解すべきである。だとすれば、夜中に全然車の通っていない所で赤信号を無視して横断歩道を渡った場合、事後的にみて真に危険がなかったのであれば、抽象的危険すらないとして不可罰とする余地を認めるべき。

町野143頁
 ;客体の侵害が構成要件要素とされていない犯罪。結果犯においては、客体に生じた侵害結果を通して法益の侵害・危殆がもたらされることが、行為犯においては、行為が端的に法益の侵害・危殆をもたらすことが、それぞれ要請されていることになる。

堀内64-65頁
 ;構成要件上、法益の侵害もその危険の発生も要件とされていない場合。構成要件に定められた行為を行うことにより直ちに犯罪が成立する。しかし、行為犯においても法益の侵害や危険の発生がまったく不要なわけではない。行為犯では、行為と同時に法益が侵害されるか、あるいはその危険が生ずると解される。

前田96頁
 ;多くの構成要件は、行為と結果を明示的に要求する結果犯であるが、例外的に行為だけで成り立っているように見える構成要件も存する。ただ、挙動犯の場合でも、行為が法益侵害ないしその危殆化を伴っていることに注意。

わたくしは、結果無価値論者なので、平野説が説得的に思われます。どんな犯罪であれ、法益侵害ないしその危険は、必要なのではないでしょうか。国民にとって忌み嫌うべき刑罰を科すのだから。したがって、行為犯という概念は否定されるべきだと思います。

実質犯・形式犯という区別も、同様(平野118頁。デュープロセス違反と平野先生は言います)。

以下に引用する内藤210頁の説明が良く、本日のまとめ。
 ;「結果」との関係から結果犯と行為犯(単純行為犯または挙動犯ともよばれる)という分類がなされる。通説は、行為のほかに一定の「結果」の発生が構成要件要素とされる犯罪を「結果犯」とよび、「結果」の発生が構成要件要素とされず、単に行為だけを構成要件要素と犯罪を「行為犯」という(団藤・福田・大塚等)。そして、行為犯の例として、偽証罪・住居侵入罪などがあげられ、殺人罪・窃盗罪など大部分の犯罪は結果犯であるといわれる。この分類にいう「結果」の意味は必ずしも明白でないが、行為の客体に及ぼす有形の事実的作用という狭義の結果を意味するのであれば、行為の客体が構成要件要素とされていない犯罪がある以上(単純逃走罪、偽証罪。内藤206頁)、とくに問題はない
 しかし、この分類にいう「結果」が法益侵害・危険という「結果」を意味するならば、行為犯では法益侵害・危険が必要でなく、行為そのものを処罰することになるから、通説による分類の基準は妥当でない。「結果」を法益侵害・危険という意味に用いるときは、結果犯とは行為の終了と結果の発生との間に時間的間隔のあるものをいい、行為犯とはそれがないものをいうと解すべきであろう。行為犯とされる偽証罪は虚偽の証言が終了すると同時に行為によって審判作用を誤らせる危険という結果が発生するから処罰されるのであり、住居侵入罪も住居に侵入することによってただちに住居権の侵害が発生するから処罰するのである(平野118頁以下)。そして、行為犯は、偽証罪のように抽象的危険犯であることが多いが、住居侵入罪のように侵害犯である場合もある。

 なお、大塚先生の教科書からの引用で、挙動犯には未遂がない、というのがありました。しかし、住居侵入罪には未遂処罰規定があります(132条)(齋野77頁以下、79頁の注)。

 浅田先生の本は、あっさりしていました。「行為の終了と同時に犯罪が完成してしまう犯罪」(118頁)。平野説ですネ。

 久々に、団藤先生の本や平野先生の本を引っぱり出しました。タイプは違うのですが、文章が本当にうまいですよネ。

 そして、コネタ。団藤先生の刑法綱要総論(第3版)130頁注14の誤植。「山口厚・危険犯の研究(1950年)」。わたくしがもっているのは、2000年1月15日第3版第7刷(付・追補)です。
 え、昭和25年?山口先生3歳で(1953年生まれ)・・・。「危険犯の研究」は、1982年(昭和57年)に東京大学出版会から出ているので、いったいぜんたいどうして?刑法7不思議の1つか。

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