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2008年12月21日 (日)

法学教室283号(2004.4) まとめ その1

一.佐伯仁志「刑法の基礎理論」(法教283号43頁以下)

 Ⅰ 刑罰理論
  1.刑罰の意義に関する諸説
     ;刑罰は、国民の自由・財産、ときには生命さえも奪うものであるから、その正当化が必要。刑罰の意義・本質を論じることの第1の目的は刑罰の正当化根拠を明らかにするため。

   ア)応報刑論
      ;刑罰は、罪を犯した者に対してその責任に応じて科すもの。そのような応報の実現が正義にかなっていること自体によって正当化されると主張。

   イ)目的刑論
      ;刑罰は、犯罪を防止するために科すもの。犯罪を防止することによる社会全体の利益によって正当化されると主張。
    ① 一般予防論
       
行為者に刑罰を科すことによって、一般国民による将来の犯罪を防止。
    ② 特別予防論
       ;
当該行為者による将来の犯罪を防止。

   ウ)通説=相対的応報刑論(統合説)
      ;刑罰は応報であると同時に犯罪予防の効果を持つことによって正当化。

  2.応報刑論の問題点

   ア)長所
      
;行為者の責任に応じた刑罰だけを正当化することによって、責任主義と罪刑の均衡を基礎づけることができる。

   イ)短所
      
;刑罰を科すことが正義にかなった良いことだと考えるので、必罰主義に陥るおそれがある。絶対的応報刑論は積極的責任主義と結びついている。
       ;応報刑論が基礎に置く行為者の責任は、自由意思を前提にしているが、自由意思は科学的に証明されていない。
       ;応報による正義の実現は、国家の任務ではない。現代国家の任務は、国民の利益を守り社会の福祉を増進させることにあり、正義の実現にあるわけではない。

   ウ)上記イ)より、絶対的応報刑論だけではなく、相対的応報刑論であっても、国家の刑罰制度を応報の観点から基礎づけようとする見解は、とりえない。

  3.目的刑論の問題点

   ア)長所
      
;刑罰の犯罪防止効果を問題にする点で、刑罰を合理的・科学的に論じることができる。

   イ)短所
      
;刑罰による犯罪者の改善効果や一般予防効果は、多くの実証的研究にもかかわらず、科学的に証明されていない。

        ⇒佐伯44頁
          ;国の政策は、その効果が相当程度信頼できるものであれば、科学的に完全に証明されている必要まではない。その意味では、少なくとも一般予防の効果は、国家の刑罰制度を正当化する程度には、信頼できるものではないか。

   ウ)特別予防論の問題点
      ;犯罪者の改善に必要な限り、軽微な犯罪であっても長期の拘禁刑が正当化されてしまう。
      ;どんなに重大な犯罪であっても、再犯可能性のない行為者に対しては、刑罰を科すことができない。
      ;特別予防論にとっては、客観的行為よりも行為者の危険性の方が重要であるから、特別予防論と犯罪論が結びつくと、刑法が主観化して処罰範囲が広くなってしまう。

   エ)一般予防論の問題点
      ;一般予防の必要性が大きければ、行為者の責任の量を超えた刑罰が正当化されてしまう。

   オ)積極的一般予防論の問題点
      積極的一般予防論
       
= 規範の実効性に対する国民の信頼を維持・強化することを問題にする。国民の正義観念に反するような過酷な刑罰を科すことは、国民の規範に対する信頼を弱体化させ、刑罰の一般的予防効果を減少させるので、正当化されない。たしかに、一般国民が犯罪を行わないのは、刑罰が怖いからではなく、犯罪になるような行為をはしていけないことだと考えているからである。

        批判
         
;積極的一般予防論は、規範が守られている状態それ自体が重要と考えるため、逆に、規範違反があれば常に処罰すべきであるという立場につながるおそれが強い。

           ;積極的一般予防論から罪刑均衡の原則を本当に導くことができるのかも、明らかでない(ヘーゲルの絶対的応報刑論に一般予防論の衣を着せただけ)。

   カ)消極的一般予防論
      ;
刑罰による威嚇を問題にする。
       
       ☆ ある犯罪に対する刑罰を重くしすぎると、他の犯罪に対する抑止力が失われてしまうから、重ければ重いほどよいというわけではない。仮に強盗の刑罰が死刑であれば、強盗犯人が被害者を殺害することに対す刑罰の抑止力は働かなくなってしまう。

       ★ 一般予防論のより根本的な問題は、一般国民を予防する効果によって個人に対する刑罰を正当化できるのか、という点。

       ⇒ 憲法が保障する基本的人権は、功利主義的主張に対抗する「切り札」しての役割を有しているのであり(長谷部憲法を引用)、国民多数の利益のために個人の人権を犠牲にすることは許されないはずだからである。したがって、個人に刑罰を科すことの正当化は、犯罪防止という社会の側の利益ではなく、当該個人の責任に求められなければならない。


  4.応報刑論と目的刑論の統合

   ア)ロクシン
     ;
刑罰の意義を一般予防に求めながら、責任による外在的制約を認める。応報刑論から導かれる責任主義と罪刑の均衡を、刑罰の基礎づけとしてではなく制約原理として認める。

      ★ 責任を単なる制約原理として刑罰の本質から除外してしまう結果、刑罰と保安処分の区別がなくなってしまう。

   イ)佐伯
     ⇒ 
応報は国家の任務でないから、刑罰権の正当化根拠として応報刑論を用いることはできない。しかし、刑罰に応報的非難の性格も持たせたい。そんな都合のいい理論構成は・・・ハートの理論。

   ウ)ハート
     ;
国家の制度としての刑罰制度の個人の処罰の正当化(マクロレベルの正当化)と特定の個人の処罰の正当化(ミクロレベルの正当化)を区別した上で、刑罰制度の正当化としては一般予防論を採り、個人処罰の正当化としては応報刑論を採る。このように考えることで、刑罰論と国家観との整合、法的非難としての刑罰の本質、罪刑の均衡の要請、消極的責任主義という課題をすべて充たすことができるのである。自由意思の問題についても、刑罰制度の必要性を前提とした上で、そのような刑罰制度をどのように運営することが、憲法が要請する人間の尊厳と自律性の尊重と調和的なのか、という問題として考えれば、自由意思を仮定した責任を基礎に置く刑罰制度の方が望ましい、ということができる。

   エ)刑罰論の注意すべき点
      ;応報刑論は、責任に応じた刑罰が正当であるとするものであって、結果に応じた刑罰が正当とするものではない。

      ;応報刑論でいう応報とは、被害者や社会の応報感情の満足とイコールではない。

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