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2008年12月13日 (土)

井田「講義刑法学 総論」その3(訂正 再UP②)

「結果無価値(では)・・・、違法評価の対象が人である必要はなくなる」(85頁)。

・・・対物防衛の話か~。でも、正当防衛の「不正」と処罰の一般的要件としての「違法性」は別だと思いますし(前田336頁)。

「(結果無価値は)一定の法益が侵害されたり、侵害されそうになっているという客観的事態が存在すれば、そこでは違法という評価が可能だと言われてきたのである。・・・ゴリラが住居に侵入したときでも、(人が住居に侵入した場合と)等しくその意味における結果無価値は肯定されるが、その種の事態を住居侵入罪の構成要件は予定していないのであるから、やはり処罰の対象は行為無価値が認められる行為といわなければならない」(84頁)。

・・・上で引用した前田先生の言う通り、正当防衛の「不正」と処罰の一般的要件としての「違法性」は別(前田336頁)、という方が説得的だと思うので、「ううん」と読むのが止まってしまいました。

 構成要件的故意を認める説であれば、違法評価の対象は必然的に人になると思うので、この批判は当たらないと思います。
 または、「実行行為(構成要件該当行為)に当たらない」とするだけなんじゃないかな。西田先生の実行行為の定義(未遂結果と相当因果関係を有する行為)、および、行為=自然的行為論からは、それが難しいかもしれませんが、「構成要件的故意がない」という理由からはもしかしたら難しいのかもしれませんが、いずれにせよ、『~した者は』と刑罰法規には通常あるのだから、構成要件該当性で落ちると思うんだよな~。
 違法評価の対象は「人=者」でしょ。対物防衛は、また別の話(「急迫不正の侵害」の解釈論だと思います)。井田先生の行っている議論は、通常、客観的違法論か主観的違法論かのところで出てくると思うのですが(西田119頁「(客観的違法論からは)違法状態の肯定」「『責任なき違法を肯定すること』が客観的違法論の帰結となる」)、山口99頁「(違法性とは)原則として、行為者の行為についての内心面とは離れて、客観的に判断される。このような違法性の理解を客観的違法論といい、現在では定説となっている」と。「行為者の行為について」違法性を判断するのだから、ゴリラの住居侵入行為について違法性を判断する必要はないと思います。このゴリラの行為に対して正当防衛が認められるかは、「急迫不正の侵害」に当たるか否かの判断、対物防衛の問題だと思うのです。

 前田46頁によると、客観的違法論を徹底すれば、動物や自然力による侵害(西田先生の例だとライオン、倒木)も違法たりうることになるとされています。この徹底した立場への批判なら分かるのですが。

「(結果無価値論だと)構成要件から主観的要素は排除される。・・・しかし、(構成要件の輪郭がより明確になることの)代償として(構成要件概念が)大幅に広がることになる」(85頁)。

・・・構成要件的故意を認めれば、この批判は当たらないな~。なんて軽く読み飛ばしちゃいました。
 たしかに、「窃取」「欺く」という概念自体、主観的要素が入っているよな~。

 以上、第4章まで読み終えた、個人的な感想。読み間違い・わたくしの理解の足らなさがあるかもしれません。でも、80~86頁は、慎重に読み進めないといけないな~。

 でも、「刑法規範による行為統制とそれを通じての一般予防」は、分かりやすい議論だと思います。

 ここまで読んでみて、法学・刑法の初学者には良いんじゃないでしょうか。色々な本を引用されていて、読書案内にもなっていて。こういう引用の仕方は、団藤先生ぽいと少し思ったり。

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